愛知県豊田市の精神科医が患者に対しておこなった性犯罪(その6)。わいせつ精神科医は現在も香西咲さんたち被害者を狙っています。刑法の改正は急務です

先日(2021年7月2日)まで、わいせつ精神科医に関する判決文をみていました。

(裁判所 下級裁裁所 裁判例速報より、引用。)

□事件番号
 平成19(行ウ)19

□事件名
 医師免許取消処分取消請求事件

□裁判年月日
 平成20年2月28日

□裁判所名・部
 名古屋地方裁判所  民事第9部

□判示事項の要旨
 精神科の診療に従事していた際に女性患者3名に対して強制わいせつ、準強制わいせつの行為をしたとして懲役1年8月、執行猶予4年の有罪判決を受けた男性医師に対して医師免許を取り消した厚生労働大臣の処分に違法はないとされた事例

(参考。当ブログ)
<愛知県豊田市の精神科医の事件>
2021年6月28日(※その1)
2021年6月29日(※その2)
2021年6月30日(※その3)
2021年7月1日(※その4)
2021年7月2日(※その5)

本日は、ふたたびこの判決文を参照します。
まずは、当該わいせつ精神科医が、自分で裁判を起こすまでの経緯をふりかえってみます。

(「G-Searchデータベースサービス」より。)

中日新聞
<愛知県豊田市の精神科医の事件>

2005年4月22日「女性に抱きつき 豊田の医師逮捕 強制わいせつ容疑」
  
2005年5月12日「準強制わいせつで 精神科医を再逮捕 豊田署、余罪も追及」
  
2005年9月28日「わいせつ医師に 懲役3年を求刑 名古屋地裁支部公判」
  
2005年10月26日「女性の胸触った 医師に実刑判決 名地裁岡崎支部」
  
2006年5月12日「強制わいせつの 医師に猶予判決 名高裁、一審破棄」
  
2007年3月1日「医師免許取り消し4人 厚労省 過去最多66人を処分」

市民の人権擁護の会日本支部のホームページより、引用。)

精神科医師・精神科医療施設の摘発事例
<愛知県豊田市の精神科医の事件>

安田メンタルクリニック(愛知県豊田市) 平成19年(2007年)2月28日、診察行為と偽って複数の女性患者の胸や下半身を触るなどして強制わいせつなどの罪に問われ有罪(懲役1年8月・執行猶予4年)が確定していた、同クリニック元院長の精神科医安田好博被告に対して、医師免許剥奪の行政処分が下された。

当該わいせつ精神科医は有罪となり、その後、厚生労働省から医師免許を取り消されました。
わいせつ精神科医は、この取り消し処分は違法、として、裁判にうったえました。

(確認)
原告 わいせつ精神科医
被告 厚生労働省

本日はひきつづき、当該判決文を参照します。

愛知県豊田市の精神科医の事件(その6)
(※その1その2その3その4その5。)

判決文より、引用。)

(3) 以下、原告(わいせつ精神科医)の上記主張について検討するに、後掲各証拠及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
ア 本件各犯行の経緯(甲4)

原告(わいせつ精神科医)は、別紙犯罪事実記載第1

(※参考。別紙犯罪事実記載第1)

第1 原告(わいせつ精神科医)は、平成15年(2003年)10月15日午前11時ころ、愛知県豊田市g町h丁目i番地j所在の乙クリニック2階東側診療室において、同クリニックに通院加療中の被害者A(当時28歳)が、治療行為であると誤信しているため抗拒不能の状態にあるのに乗じてわいせつな行為をしようと考え、同女に対し、
「胸張りますか。寝てください。」
などと申し向け、同女をベッド上に仰向けに寝かせ、同女に治療行為中であると誤信させて心理的に抗拒不能の状態に陥らせ、同女のブラジャーをまくり上げて両乳房を露出させて、両手掌で同女の両乳房を揉み、両手指で同女の両乳首をつまむなどして弄びながら
「声出していいよ。」
などと申し向け、さらに、同女が着用していたパンティーの中に右手を差し入れ、右手指で同女の陰部を押すように触るなどして弄び、もって、強いてわいせつな行為をした。

のわいせつ行為を行ったとされる平成15年(2003年)10月15日に、被害者Aの診察をし、平成16年(2004年)2月16日、被害者Aから当該行為はセクハラである旨の電話を受け、同月18日、被害者Aの訴えを受けた戊医師会から事情聴取を受けた。

原告(わいせつ精神科医)は、同医師会に対し、
「診察行為を性愛化しすぎ、わいせつ行為と決めつけ被害者意識を誇大化したものであり納得できない」
旨の説明をした。

原告(わいせつ精神科医)は、別紙犯罪事実記載第2

(※参考。別紙犯罪事実記載第2)

第2 原告(わいせつ精神科医)は、平成16年(2004年)3月3日午前11時40分ころ、上記乙クリニック2階東側診療室において、同クリニックに通院加療中の被害者B(当時27歳)が、治療行為であると誤信しているため抗拒不能の状態にあるのに乗じてわいせつな行為をしようと考え、同女に対し、
「血圧を測るからベッドに横になって。」
などと申し向け、同女をベッド上に仰向けに寝かせて血圧測定を開始し、同女に治療行為中である旨誤信させて心理的、物理的に抗拒不能の状態に陥らせ、同女が着用していた上衣をまくり上げ、同女に対し、
「下着がセクシーだね。肌がぷりぷりしてるね。」
などと申し向けながら、同女のブラジャーをまくり上げて両乳房を露出させた上、両手掌で同女の両乳房を揉み、両手指で同女の両乳首をつまむなどし、更に同女が着用していたGパンのボタンを外してチャックを下げた上、右手でパンティーの上から同女の陰部付近を撫で回すなどして弄び、もって、強いてわいせつな行為をした。

のわいせつ行為を行ったとされる平成16年(2004年)3月3日に、被害者Bの診察をし、その約2か月後、被害者Bから当該行為はセクハラである旨の苦情を言われ、同年(2004年)5月12日、被害者Bの訴えを受けた戊医師会から事情聴取を受けた。

原告(わいせつ精神科医)は、同医師会会長に対し、
「(被害者Bは)治療中も私(原告)に対し、性的に挑発的で誘惑的であるが、本人は自覚できず、否認し、急に犠牲者化し、金銭要求を向けてきている」
旨の説明をした。

原告(わいせつ精神科医)は、別紙犯罪事実記載第3

(※参考。別紙犯罪事実記載第3)

第3 原告(わいせつ精神科医)は、平成17年(2005年)1月5日午前10時30分ころ、上記乙クリニック2階東側診療室において、同クリニックに通院加療中の被害者C(当時35歳)に対し、強いてわいせつな行為をしようと考え、
「お尻触ってもいい。」
などと言いながら、やにわにその背後から右手で同女の臀部を撫で回し、両腕で同女を抱きしめる暴行を加えてその反抗を抑圧した上、右手で同女の左胸を着衣の上から3回くらい揉み、左手で同女の下腹部付近を撫で回して
「胸はどうだ。フェロモンを出させてやる。」
などと申し向け、さらに、
「感じるか。」
などと申し向けながら、右手指をスカートの上から同女の陰部に押し込み上下に動かし、その陰部を弄び、もって、強いてわいせつな行為をした。

のわいせつ行為を行ったとされる平成17年(2005年)1月5日、被害者Cの診察をし、同日昼ころ、被害者Cの兄と名乗る男から当該行為について説明を求められ、その翌々日に被害者Cが副院長と面談して謝罪を求めるなどした。

原告(わいせつ精神科医)は、同月17日、戊医師会に報告し、同月21日、同医師会の会長と面談して状況説明を行った。

イ 刑事判決が確定するまでの経緯(甲1、2、60、原告本人)

原告(わいせつ精神科医)は、平成17年(2005年)4月21日、逮捕され(同日の夜に刑事事件の弁護をb弁護士に依頼した。)、引き続き勾留されて、その際接見等が禁止され、その後起訴された。

原告(わいせつ精神科医)は、捜査段階当初、本件各犯行は治療行為であって、強制わいせつには当たらないなどと主張して犯行を否認していたが、その後本件各犯行を概ね認め、第1回公判期日の罪状認否においても公訴事実を認め、第2回公判期日後の同年(2005年)7月15日に保釈された。

第1回公判期日において、別紙犯罪事実記載第2及び第3の犯行に関する証拠(被害者B及びCの告訴状、検面調書、警察官作成の実況見分調書、写真撮影報告書、原告の供述調書等)が取り調べられ、第2回公判期日において、同第1の犯行に関する証拠(被害者Aの告訴状、検面調書、警察官作成の実況見分調書、写真撮影報告書、原告の供述調書等)、被害者らとの示談書等が取り調べられ、第3回公判期日において、情状証人等の取調べと被告人質問が実施された。

なお、原告(わいせつ精神科医)は、被害直後に被害者から被害を打ち明けられた状況、原告(わいせつ精神科医)が謝罪した状況等、原告(わいせつ精神科医)の行為が正当な治療行為に当たらないこと等を立証趣旨とする関係者の供述調書、犯行再現状況等を立証趣旨とする実況見分調書等については証拠とすることに同意したが、本件被害者以外の患者も原告(わいせつ精神科医)から性的接触行為を受けていたこと等を立証趣旨とする関係者の供述調書については不同意とし、これらの不同意となった証拠は後に撤回された。

また、原告(わいせつ精神科医)の供述調書の中には、わいせつ目的を自認するものの、陰部を触っていないなどと一部事実を否認するものも含まれていた。

原告(わいせつ精神科医)は、同年(2005年)10月25日、名古屋地方裁判所岡崎支部において懲役1年8月の実刑判決の言渡しを受け、再び身柄を拘束され(その際、刑事事件の弁護を従前のb弁護士に替えて本件訴訟代理人のc弁護士に委任した。)、同判決に対し控訴し、5日間身柄が拘束された後に保釈された。

原告(わいせつ精神科医)は、控訴審において、本件各犯行の事実関係は争わず量刑不当のみを主張し、平成18年(2006年)5月11日、名古屋高等裁判所の控訴審において、懲役1年8月、執行猶予4年の有罪判決の言渡しを受けた。

同判決は、双方から上告等もなく、確定した。

ウ 本件処分に至るまでの経緯(甲3、乙1~9)

愛知県健康福祉部健康担当局長は、平成18年(2006年)10月12日、厚生労働省医政局医事課長に対し、原告(わいせつ精神科医)が医師法7条2項に該当する者であることを報告した。

厚生労働大臣は、同年(2006年)11月20日、愛知県知事に対し、原告(わいせつ精神科医)の意見を聴取するよう依頼し、同知事は、平成19年(2007年)1月19日に健康福祉部健康担当局医務国保課主査をして原告(わいせつ精神科医)及びその代理人c弁護士から意見聴取を行わせ、同月26日、同大臣に対し、意見聴取に係る意見書を、聴取調書写し、聴取報告書写し、聴取通知書写し、提出された証拠書類等及び愛知県医師会会長の意見書写しを添付して提出した。

厚生労働大臣は、同年(2007年)2月28日、原告(わいせつ精神科医)に対する処分について医道審議会に諮問し、同審議会医道分科会長から医師免許取消処分が相当である旨の答申を受けた上、同日付けで本件処分をし、同年(2007年)3月5日、原告(わいせつ精神科医)に本件処分に係る命令書を交付した。

エ 本件クリニックの診療体制(甲21、62、63)

本件クリニックでは、従前、原告(わいせつ精神科医)及びd医師が診療を行っていたが、原告(わいせつ精神科医)が逮捕されたことに伴い、e医師が本件クリニックの院長となり、同医師及びd医師で診療に当たることになった。

原告(わいせつ精神科医)は、保釈された後もしばらくは診療を行うことを控えていたが、平成17年(2005年)11月末ころから診療行為を行うようになり、原告(わいせつ精神科医)、e医師及びd医師の3名で診察に当たっていた。

しかし、原告(わいせつ精神科医)の医師免許が取り消された平成19年(2007年)3月14日以降は、e医師及びd医師が診察に当たり、原告(わいせつ精神科医)は、本件クリニックの事務仕事とデイケアの患者の送迎などを担当するようになった。

その後、同年(2007年)9月8日にd医師が退職したため、本件クリニックでは、現在、e医師1名が診療を行っている。

オ 被害者らとの示談及び嘆願等(甲6~8の各1・2、9、50)

原告(わいせつ精神科医)は、上記刑事事件の第1審係属中の平成17年(2005年)7月2日、被害者Bとの間で350万円を支払う旨の示談をし、同月5日、被害者A及び被害者Cとの間で各300万円を支払う旨の示談をした。

被害者Bは、上記刑事事件の控訴審が係属中の平成18年(2006年)5月、控訴審裁判所にあてて、原告(わいせつ精神科医)は犯行を反省している様子が認められ、示談も成立しているとして、原告(わいせつ精神科医)に対してこれ以上厳重処罰を求めないこと、今後は反省の上に立って医師として社会に貢献してもらいたいことなどを記載した嘆願書を提出した。

また、被害者Cは、平成19年(2007年)3月20日付けで、当裁判所にあてて、原告(わいせつ精神科医)に対し厳重処罰を求めていたが、執行猶予の判決が確定したので、これ以上の処罰や処分を求める気持ちはないこと、1日でも早く医師として活動できることを願っていることなどを記載した嘆願書を提出した。

つづきは明日のブログでみてみます。

日本では、現在、性犯罪者を捕捉する網の目を細かくすべき、との意見が潮流となっています。
性犯罪者のなかにはわいせつ精神科医もふくまれます。

(寺町東子弁護士のツイートより、引用。)

2021年5月21日 寺町東子弁護士

性犯罪に関する刑事法検討会、終わりました。

9月までに、検討会の結果を踏まえ、法務省がどのような改正要綱案をまとめて、法制審に諮問するのか。注視していきましょう。

改正要綱案から落ちると、また、次の改正は5年がかりです。
変えて欲しいことは、今 法務省や政府に声を届けていく時です。

2021年5月21日 寺町東子弁護士

今日の取りまとめ報告書を法務大臣が受け取り、それを踏まえて、法務省が改正要綱案を作成し、法務大臣が法制審に諮問することになります。

是非、改正要綱案を、上川陽子法務大臣の間に、具体的な文言で取りまとめて、諮問していただきたいです。
衆議院議員の任期の関係で9/20までには選挙ですよね

上川陽子法務大臣は9月までにどのような刑法改正要綱案を作成するのでしょうか。
まもなく全貌があきらかになります。
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2016年07月07日 香西咲さんの特集記事(1)が週刊文春に掲載されました。
2016年07月14日 香西咲さんの特集記事(2)が週刊文春に掲載されました。
2016年07月17日 香西咲さんがAbemaTV(みのもんたの「よるバズ!」)に出演されました。
2016年07月20日 香西咲さんのインタビュー記事が、しらべぇに掲載されました。
2016年07月27日 香西咲さんのインタビュー動画が、毎日新聞のWebサイトにアップされました。
2016年07月29日 香西咲さんのインタビュー記事と動画が、毎日新聞のWebサイトに掲載されました。
(引用。A氏による衝撃の回答)
問「出演強要が社会問題化している。事務所の運営や女優との契約について見直しは?」
A氏「当然やっていく。今、弁護士と話して、きちんとしていこうとしている

 (A氏は、これまできちんとしていなかったことを認めました。)
2016年08月27日 香西咲さんのインタビュー記事が、弁護士ドットコム(前編)(後編)に掲載されました。
2016年09月17日 香西咲さんがAbemaTV(みのもんたの「よるバズ!」【1】【2】【3】)に出演されました。
2016年09月24日 香西咲さんのインタビュー記事(1)が、withnewsに掲載されました。
2016年10月01日 香西咲さんのインタビュー記事(2)が、withnewsに掲載されました。
2016年10月17日 香西咲さんのインタビュー記事(日本語訳)が、AFP通信のサイトに掲載されました。
2016年12月28日 香西咲さんのインタビュー記事が、週刊文春に掲載されました。
(香西咲さんのツイートより、引用。)
2017年12月1日
引退して改めて気付きました。
私はAV業界に固執していたのではなく、#AV強要 を解決するだけの為に続けてきました。
引退した今何の未練もありませんし、もう削除の約束、裁判、後処理だけですね。

2018年3月19日
今こうして離れてみて、私個人的には異常な世界だと思いますし、そんな趣味も無ければ関わりたくない世界でした。
全ては #AV強要 から立て直す為に耐えてきた事です。#青木亮 の事務所では占い師やプルデンシャルにお金を使わされており、外界とも遮断され誰にも頼れずボロボロでしたので。

2018年11月14日
コレです!私が #キュンクリエイト ( #アットハニーズ )辞めた時に独立してまで続けた理由。あの頃は弁護士も世間も #AV強要 に無関心で誰も助けてくれなかった。だから我慢してAV業界に残って力をつけて…#AV強要 が認知されるのを待ってた。反撃に出るタイミングを見計らっていました。
2018年11月1日
昨日から久しぶりの体調不良 あの頃の感覚をハッキリ思い出した。よくこんなストレスに何年も耐えてたなぁ。一般人に戻った私にはあの頃の気力も体力も残ってない。
2018年11月1日
まぁあの頃は常に死と比較して生きてきたから尋常ではなかったのだろうな。『死ぬくらいならAV出よう』『行先無くなったら人生止めればいいや』何をするにもこれが念頭にありました。そりゃAV出来た訳だわ。
(哲学者のウィトゲンシュタイン)
「絶望に終わりはない。自殺もそれを終わらせることはない。人が奮起して絶望を終わらせない限りは」

(明日のブログへつづく)



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