もうひとつはですね、うん、あの、不法行為でやっているでしょ。
(参考。民法)
□第709条
故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。
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それと同時にですね、日本では、セクハラをふくむ性暴力は性差別である、と基本的認識がない。
とくに法的に明確にされていないんですね。
これ、非常におおきいと思うんです。
ここはアメリカ法とのおおきなちがいだと思うんです。
で、アメリカ法は、あの、ご存じのように「Civil Right Act 1964」て、市民的権利に関する64年法、ってあるんですね。
これ、公民権法、って訳されることが多いと思うんですけど、ちょっと、公民権法、と言うと、なんか参政権みたいでただしくない、というふうに言われて、最近は、市民的権利に関する法律、って日本語がつかわれるんですけども。
これはですね、もともとどういう法律だったかと言いますと、そこでセクシュアル(セクシャル)ハラスメント、性差別の禁止も入っているんですけど、もともと人種差別のための法律だったんです。
これは。
で、そこに性差別というものが繰り入れられた、ということがあるんですね。
だから、人種差別禁止のための法律だから何が大事かというと、お金をはらうことよりも、どうやってその、被害回復をするか、と。
どういう手だてをとってそのひとがうけた差別の傷をですね、つぐなうか、おぎなうか、ということが主眼の法律だったんですね。
で、ですから、最初のころは、この64年法には、あの、損害賠償をみとめる条項がないんです。
それでわたし、アメリカで、なんか、みてて、被告っていうの全部、会社なんですよね。
で、日本だったらだいたい、個人がすごく多いでしょ。
加害者。
えっ、個人はどこへ行っちゃったんだろう、っていうふうに思っていたんですけれども、もともと法律の構成がそうなんです。
だから、事業主に対して雇用の場での性差別を禁止する、っていうのがこの法律の目的だったわけなので、
「金(かね)をはらえ」
はない。
「お金をはらってもらうときはどうすればよいのですか?」
って言ったら、
「それは別途、不法行為にもとづく損害賠償請求をおこすんだ」
というふうにおっしゃって、なるほど、と思ったわけなんですね。
で、ええとですね、91年(1991年)に損害賠償をみとめる条項が付け加わるんですけれども、上限がきまっているんですね。
数とかいろんな要素によって。
天井知らずにはならない、と。
判決では。
あの、和解ではまた別ですよね。
さっき(アメリカの三菱自動車セクハラ事件)。
東芝で、アメリカの東芝かなんかで、これもすごい金額で和解したってはなしがあったと思うんで、それはまた別なんですけれども。
ということです。
それで、ええとですね、はい、不法行為法というはどういう法律なのか、ということなんですけれども、これ、個人間の利害調整の道具なんですね。
基本的には、個人と個人の。
(参考。民法)
□第709条
故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。
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すごくよくわかるのは、交通事故のとき。
あの、過失割合が何対何、っていうの、かならずこう問題に。
それが基本的になるでしょ。
いくら損害賠償をするか、というときに。
ところがですね、あの、そう、セクシュアル(セクシャル)ハラスメントというのは、性差別、しかもここでアメリカで言えば、事業者に対する性差別禁止ということを言っているので、個人間の、なんか、利害調整とぜんぜんちがうレベルのはなしなんだ、ということなんですね。
で、わたし、(最初の裁判から)30年でようやく、やっぱりそうだったか、というふうに思ったんですけれどもね。
わたしはやっとね、94年(1994年)から96年(1996年)、アメリカミシガン大学のロースクールにいて、キャサリン=マッキノンさんというこのセクシュアル(セクシャル)ハラスメントの法理論を構築したひとのところで、すこしだけ勉強したんですけど、彼女が言っていたのはですね、
「不法行為はだめだよ」
ってことだったんです。
で、わたし、わかんなかったんです。
その意味が。
本当のところは。
というのはわたし、日本で、不法行為で(裁判を)やって、勝って。
勝った成功体験なんですけどね。
勝ったという経験をもってアメリカに行って、で、まあ、それなりの法的対応をできているんじゃないかと思っていたんだし。
彼女は、
「不法行為ではだめだ」
と。
「これはそういう問題の性質がちがうんだから。差別を禁止するということと個人間の利害調整はぜんぜんちがうレベルなんだから、不法行為でね、やっても成果があがらないよ」
っていうような感じで言われたわけですよね。
だけど、わたしは、それなりに不法行為で裁判、勝っていたので、本当のところはよくわからなかった。
意味が。
そしたら、このあいだの30年ぶりの出来事(財務省のセクハラ問題)に遭遇して、ああ、やっぱりそうだったのか。
不法行為でね、金(かね)はらえ、ということばっかりを何百件つづけてきたけれども、それは、お金をはらったらおしまい、という世界のはなしだったので、もっと根本的な解決のとこにはいかなかったな、というふうにわたしは思い知ったわけなんだ。
それであらためて考えたら、ずっと不法行為法の枠のなかでわたしたちがやってきたことはあれでよかったんだろうか、ということをあらためて考えたんですね。
でも、この問題はですね、日本ではあまり法律家の関心をひいていないというふうに思うんです。
なぜかよくわからないんですけどね。
それで、ええとですね、そう、不法行為というふうになったことでどういうことがおきているかというと、要するに709条は、民法709条の不法行為法は、どういうケースをカバーするかって、いろいろあるでしょ、交通事故からはじまって、個人間の喧嘩とかなんとか、いろんなケースが入っていますよね。
(参考。民法)
□第709条
故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。
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で、わたしたちがセクシュアル(セクシャル)ハラスメントで、最初の裁判に勝ったということは、この不法行為の類型にもうひとつセクシュアル(セクシャル)ハラスメントというカタログを付け加えたことだけだったんじゃないか、という気がするんです。
それは、だから、不法行為の範囲がすごく広がった、と。
いままでは、不法行為としても問題にもなっていなかったんだけど、
「いや、これは最低、不法行為ですよ」
ということで、そこは広がったのはよかったんですが、それ以上、根本的な解決にむすびつくようなものではなかったんじゃないか、ということを思っているんですね。
で、だから30年、営々とやってきたけれども、なんかこう足踏みしているみたいな状態で、ぐるぐるぐるぐるまわっていてね、そんなに基本的な改革にならなかったんじゃないかと思うんです。
で、30年間、何が変わったかというと、まあ、たくさんのいろいろな事案があって、
「このケースもセクハラね」
「これもセクハラね」
となるんだけどね、そのなかで、まあ、事案に応じて賠償額がまちまち、いろいろある、というだけのことなんですね。
それからもうひとつはですね、ええと、そう、いま言ったようにセクシュアル(セクシャル)ハラスメントって、不法行為の一類型、ってことになったでしょ。
それ、どういうことかというと、ええと、わたしたち、一番最初の裁判をやるときにはですね、これが女性の人権侵害だ、と。
女性差別である、ということをさんざん言って。
で、裁判所に、不法行為の枠内であるけれども救済すべき事案だということを理解してもらおうと思って、あれこれあれこれやったわけです。
だからもちろん憲法14条もそうだし、女性差別撤廃条約もそうだし、関係のありそうな根拠をですね、いろいろあげて、そして外国ではどうなっているかということもふくめてですね。
たとえばアメリカのさっき申し上げた(「Civil Right Act 1964」の)タイトルセブン(第7編。人種や性別による雇用差別の禁止規程)とかね、そのもとでの雇用平等委員会でのセクシュアル(セクシャル)ハラスメントについての定義とか。
まあ、あの、役にたちそうなものはですね、なんでもかんでも証拠として裁判所に出したということをやったわけなんですね。
それで、裁判所はそれを理解して、女性に対する人権侵害ということをみとめて、性差別とまでは言わなかったと思うんですけれども、で、慰謝料をはらえ、ということになったわけなんですね。
で、2回目がどうなるかというとですね、もうこの手の裁判は、不法行為で損害賠償をしなければいけない、ということになっているので、2件目からはいちいちこれがですね、憲法14条違反のうんぬん、と言うことが必要なくなってくるわけなんですね。
(参考。日本国憲法)
□第14条
すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。
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だから言わないわけです。
原告のほうも。
で、そういう議論が消えていく。
必要ないから消えていったんですね。
いまどうなっているかというと、ちょっとこれもわたし、みてびっくりしたんですけれども、普通の男性弁護士、っていうと怒られるかもしれない、別にジェンダーに関心があろうとなかろうと関係ない。
これは弁護士ならだれでもできる事件になっているはずです。
だからあの、わたしはもちろん必要がないからやらないんですけれども、いま弁護士って皆ホームページってもっていて、で、どういう営業品目があるかっていうのが書いてあるでしょ。
どんな事件をやりますから、と。
たいていね、これ、単なる不法行為ですから、セクハラって、ほとんどの弁護士の営業品目に入っている。
それで、じゃそういうふうにセクハラというふうに言ったときに、もしかしたら加害者側のセクハラを言っているかもしれない。
別に書いていないので。
そのホームページをみたわたしの知っているある女性は、ぜんぜんそんなことが得意じゃない弁護士のところに行って、セクハラって書いてあったから事件をお願いして、ぜんぜん解決しなかった、というケースがあるんですね。
で、わたしはびっくりして、どうしてその弁護士を選んだの、というふうに訊(き)いたら、いや、ホームページをみたらセクハラをあつかうと書いてあったからね、で、あれ、写真なんか載っているでしょ、で、ビルの外観なんかでてたりするじゃないですか。
そういうのをみるとね、けっこうなんかたのもしそうなひとにみえた、って。
でもふつうのひとなら、それ以外に判断材料がないでしょ。
だから、そんな悪そうでもない、とかね。
いちおう紳士だとか、いろんなことをみて。
で、そのひとは、初対面だけど行ってお願いしたら、原告、つまり被害者の側に立っての訴訟をやってあげる、って。
頼んだってぜんぜんうまくいかなかった、っていうケースがあったりするわけなんですね。
それで、つまり、ものすごく普及したということは、薄まっていくということになって。
その、単なる不法行為でだれでも(裁判が)できるはなしになったときっていうのは、おそらくセクハラということばがですね、あの、すごく社会的にすごく広まって、いまでは子どもでも知っているようなことばになって。
セクハラって何、と訊(き)かれたときに、なんかそんな的確な説明ができるかというと、そうでもない状況になっているんじゃないかと思うんですね。