現在、安倍内閣によって、規制がおこなわれようとしています。時折、嘆息します。もうすこし早くまともな内閣があらわれていたら、香西咲さんは人生を破壊されずにすんだのに、と

数年前のことです。
テレビの政治番組に、ある大物政治家が登場しました。
自民党の元幹事長です。
内閣の要職も歴任しました。
番組はトーク形式で進行しました。
出演者のひとりが、政治とは関係のない質問をしました。
女子高校生の援助交際についてどう思いますか、と。
元幹事長は、ためらうことなく答えました。
おおよそ、つぎのような内容でした。
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かつて日本で学生運動が盛んであったときがあります。
機動隊に火焔瓶をなげつけたり、大学を占拠したりと、数々の騒擾事件を頻発しました。
これに対して自民党が、憂慮の念をいだいていたかというと、そのようなことはありません。
かつて、ある大先輩の幹事長がよく、つぎのようなことを言っていました。

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野球場へ行ってみると、似たような光景にでくわす。
観客は皆、騒然と声を張りあげている。
みていると、いまにも暴動が起こりそうな雰囲気である。
革命が勃発するのかというと、そのようなことはない。

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女子高校生の援助交際も同様です。
これによって国家の屋台骨が揺らぐようなことはありません。
国家にとって何の痛痒(つうよう)感もありません。
これが自民党の保守本流の考え方です。

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番組の質問者が、再度、訊(たず)ねました。
国として規制するつもりはないのですか、と。
元幹事長は、悠然と答えました。
ありません、と。
数年前は、このようなことが、当然のことのように語られていました。
戦後の日本を牽引してきたのは、保守本流です。
保守本流とはどのようなものなのでしょうか。
簡単に歴代の総理大臣をふりかえってみます。

戦後から現在までの総理大臣

1945年~1945年
 東久邇宮 稔彦。在任期間は、54日。(非政党内閣)
 戦後、初の内閣です。
 首相の東久邇宮稔彦は、皇族です。 
 戦後の諸改革には皇族の権威が必要、との理由で選ばれました。 
 東久邇宮首相は、GHQからしめされた方針に衝撃をうけて、総辞職しました。
  
1945年~1946年
 幣原 喜重郎。在任期間は、226日。(非政党内閣) 
 1946年4月に、戦後初の総選挙がおこなわれました。
 自由党進歩党協同党社会党共産党が議席を得ました。
 日本の政党政治は、この5党によってはじまります。
 幣原(しではら)内閣は、総選挙後、はげしい倒閣運動をうけて総辞職します。
  
1946年~1947年
 吉田 茂。在任期間は、368日。(○自由党、進歩党)
 【(※青色が、与党)自由党進歩党、協同党、社会党、共産党】
 吉田内閣は、総選挙で大敗して、総辞職します。
  
1947年~1948年
 片山 哲。在任期間は、292日。(○社会党、民主党、協同党)
 【(※青色が、与党)自由党、進歩党(⇒民主党)、協同党社会党、共産党】
 進歩党は、「民主党」と名称がかわります。
 片山内閣は、戦後初の社会党内閣です。
 約10か月後、社会党内の対立により、総辞職します。
  
1948年~1948年
 芦田 均。在任期間は、220日。(○民主党、社会党、協同党)
 【(※青色が、与党)自由党、民主党協同党社会党、共産党】
 芦田内閣は、昭和電工事件(昭電疑獄)により、総辞職します。
  
1948年~1954年
 吉田 茂。在任期間は、2248日。(自由党)
 【(※青色が、与党)自由党、民主党、協同党、社会党、共産党】
 このあと、野党の民主党が分裂します。
 一部は自由党に合流します。
 残りは協同党と一緒になり、あらたに「国民民主党」を結成します。
「国民民主党」はこのあと、他党の一部や少数政党を受け入れて、「改進党」と名前をかえます。
 自由党の吉田茂首相は、6年間にわたって、政権を維持しました。
 1954年のことです。
 造船疑惑が発覚しました。
 自由党内が混乱して、反吉田派が党をとびだします。
 反吉田派は、改進党と一緒になり、「日本民主党」を結党しました。
 吉田内閣は、総辞職します。
  
1954年~1956年
 鳩山 一郎。在任期間は、745日。(日本民主党)
 【(※青色が、与党)自由党、日本民主党、社会党、共産党】
 日本民主党の鳩山一郎が首相となります。
 鳩山一郎は、憲法の改正をこころみたものの、国民の強い批判をうけて、頓挫しました。
 翌年の1955年のことです。
 日本民主党と、自由党が、合併します。
 あたらしい党名は、「自由民主党」(自民党)です。
 鳩山一郎が初代総裁となりました。
 実は、社会党も、1951年に、右派と左派に分裂しています。
 こちらも1955年に合体して、ふたたび「社会党」となりました。
 おわかりのとおり、1955年に、2つの大きな政党が誕生しました。
 保守の自由民主党(自民党)と、革新の社会党です。
 この二大政党制のことを「55年体制」といいます。
「55年」とは、1955年のことです。

保守本流と、保守傍流 

保守本流
保守本流とは、自民党内で、自由党の流れをくむ勢力のことをいいます。
吉田茂の系統です。
総じて、ハト派です。
護憲の立場です。
対外的には、軽装備と、対米協調を重視しました。
経済政策は、所得の再分配です。
長きにわたり、自民党の主流となりました。

保守傍流
こちらは、自民党のなかのもうひとつの勢力です。
鳩山一郎が率いた日本民主党の系統です。
概して、タカ派が多いです。
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(確認)
保守本流=吉田茂の自由党の系統
保守傍流=鳩山一郎の日本民主党の系統
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 1956年に、日ソ国交回復が実現します。
 鳩山一郎はこれを機に、政界を引退しました。
  
1956年~1957年
 石橋 湛山。在任期間は、65日。(自民党)
 保守本流
 病気(脳梗塞)のため、すぐに総辞職しました。
  
1957年~1960年
 岸 信介。在任期間は、1241日。(自民党)
 保守傍流
 岸首相は、自主憲法制定、自主軍備独立、自主外交の展開をめざしました。
 経済は、自由競争の原理を重視しました。
 1960年には、日米安保条約の改定を強行します。
 結果、大規模な安保闘争がまきおこり、改定成立後に退陣しました。
  
1960年~1964年
 池田 勇人。在任期間は、1575日。(自民党)
 保守本流
 所得倍増政策をかかげ、7年後に国民の所得は、2倍になりました。
 最後は、病気を理由に、総辞職しました。
  
1964年~1972年
 佐藤 栄作。在任期間は、2798日。(自民党)
 保守本流
 ひきつづき、高度経済成長を推進します。
 1967年にGDPが世界第2位となります。
 首相の在任期間は7年8か月です。
 戦後、最長です。
 最後は、支持率が急低下して、総辞職します。
  
1972年~1974年
 田中 角栄。在任期間は、886日。(自民党)
 保守本流
 金脈批判をあびて、総辞職します。
  
1974年~1976年
 三木 武夫。在任期間は、747日。(自民党)
 保守傍流(ハト派
 傍流のなかでも異色の存在です。
 ハト派といいますか、党内最左派でした。
 三木内閣のときに、田中前首相が、ロッキード事件で逮捕されます。
  
1976年~1978年
 福田 赳夫。在任期間は、714日。(自民党)
 保守傍流
 日米ガイドラインの締結など、タカ派的な外交を押し進めました。
  
1978年~1980年
 大平 正芳。在任期間は、554日。(自民党)
 保守本流
  
1980年~1982年
 鈴木 善幸。在任期間は、864日。(自民党)
 保守本流
  
1982年~1987年
 中曽根 康弘。在任期間は、1806日。(○自民党、新自由クラブ)
 保守傍流
 戦後政治の総決算をかかげて、新保守主義的な改革を推進しました。
  
1987年~1989年
 竹下 登。在任期間は、576日。(自民党)
 保守本流
 リクルート疑惑で、総辞職します。
  
1989年~1989年
 宇野 宗佑。在任期間は、69日。(自民党)
 保守傍流
 愛人問題の発覚後、総選挙で惨敗して、総辞職しました。
  
1989年~1991年
 海部 俊樹。在任期間は、818日。(自民党)
 保守傍流(ハト派
 三木武夫首相の系譜です。
 ハト派です。
  
1991年~1993年
 宮澤 喜一。在任期間は、644日。(自民党)
 保守本流
 1993年に、自民党が分裂します。
 このときをもって、「55年体制」(自民党と社会党による二大政党制)は崩壊しました。
 宮澤内閣は、総選挙で敗北して、退陣しました。
   
1993年~1994年
 細川 護煕。在任期間は、263日。(○日本新党、社会党、新生党、公明党、民社党、新党さきがけ、社民連、民改連)
 非自民党による連立内閣です。
 細川首相は、自民党時代、保守本流に所属していました。
  
1994年~1994年
 羽田 孜。在任期間は、64日。(○新生党、日本新党、公明党、民社党、社民連、民改連)
 羽田首相は、自民党時代、保守本流に所属していました。
  
1994年~1996年
 村山 富市。在任期間は、561日。(○社会党、自民党、新党さきがけ)
 ふたたび自民党が、政権の一翼を担います。
  
1996年~1998年
 橋本 龍太郎。在任期間は、932日。(○自民党、社民党、新党さきがけ)
 保守本流
 参議院選挙で惨敗して、総辞職しました。
  
1998年~2000年
 小渕 恵三。在任期間は、616日。(○自民党、公明党)
 保守本流
 病気で倒れて、総辞職します。
  
2000年~2001年
 森 喜朗。在任期間は、387日。(○自民党、公明党、保守党)
 保守傍流
 支持率がひと桁で推移し、1年あまりで退陣しました。
  
2001年~2006年
 小泉 純一郎。在任期間は、1980日。(○自民党、公明党、保守新党)
 保守傍流
 新自由主義的な経済政策を推進しました。
  
2006年~2007年
 安倍 晋三。在任期間は、366日。(○自民党、公明党)
 保守傍流
 祖父が、タカ派の岸信介元首相です。
  
2007年~2008年
 福田 康夫。在任期間は、365日。(○自民党、公明党)
 保守傍流
 父親は、福田赳夫元首相です。 
 父とはちがい、ハト派的な政治をおこないました。
  
2008年~2009年
 麻生 太郎。在任期間は、358日。(○自民党、公明党)
 保守傍流
 祖父は、保守本流の祖の吉田茂です。
 麻生首相は、保守本流のような政治をおこないました。
  
2009年~2010年
 鳩山 由紀夫。在任期間は、266日。(○自民党、社民党、国民新党)
 鳩山首相は、自民党時代、保守本流に所属していました。
 祖父は、保守傍流の祖の鳩山一郎です。
  
2010年~2011年
 菅 直人。在任期間は、452日。(○自民党、国民新党)
  
2011年~2012年
 野田 佳彦。在任期間は、482日。(○自民党、国民新党)
  
2012年~****年
 安倍 晋三。(○自民党、公明党)
 保守傍流
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こうして概観してみますと、日本の政治は、保守本流によって進められてきたことがわかります。
2001年の小泉政権からは、保守傍流による政治がつづきます。
経済は、ケインズ政策から新自由主義へ転換されました。
これで手一杯だったのかもしれません。
ほかは、あいかわらず、保守本流のような政治がおこなわれました。
援助交際についても、手つかずです。
こうしているうちに、最悪の民主党政権となりました。
援助交際に対する規制など、おこなうはずがありません。
すべてが野放しです。
2012年から、第2次安倍政権となりました。
保守傍流の復活です。
現在、保守本流は、少数派のような立場です。
安倍首相はいま、JKビジネスを規制しようとしています。
AVも、然(しか)りです。
歴代の内閣が素通りしてきたことをおこなおうとしています。
辻丸さんは日々、他者の落書きをリツイートされています。
表現の自由に関するものをみていると嗤(わら)ってしまいます。
落書き者は、保守本流と保守傍流のちがいがわかっていません。
まあ、それはいいとして、安倍総理はやってくれるでしょう。
規制を。
期待しています。
それにしても、この種のことを思うたびに、ため息がでます。
民主党政権によって国民は、多大の損失をこうむりました。
保守傍流による内閣がつづいていたら、もうすこし早く、規制がおこなわれていたかもしれません。
香西咲さんも、人生をめちゃくちゃにされずにすんだかもしれません。
無念です。
安倍政権がこれからもつづくことを願っております。
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2016年07月07日 香西咲さんの特集記事(1)が週刊文春に掲載されました。
2016年07月14日 香西咲さんの特集記事(2)が週刊文春に掲載されました。
2016年07月17日 香西咲さんがAbemaTV(みのもんたの「よるバズ!」)に出演されました。
2016年07月20日 香西咲さんのインタビュー記事が、しらべぇに掲載されました。
2016年07月27日 香西咲さんのインタビュー動画が、毎日新聞のWebサイトにアップされました。
2016年07月29日 香西咲さんのインタビュー記事と動画が、毎日新聞のWebサイトに掲載されました。
(引用。A氏による衝撃の回答)
問「出演強要が社会問題化している。事務所の運営や女優との契約について見直しは?」
A氏「当然やっていく。今、弁護士と話して、きちんとしていこうとしている

 (A氏は、これまできちんとしていなかったことを認めました。)
2016年08月27日 香西咲さんのインタビュー記事が、弁護士ドットコム(前編)(後編)に掲載されました。
2016年09月17日 香西咲さんがAbemaTV(みのもんたの「よるバズ!」【1】【2】【3】)に出演されました。
2016年09月24日 香西咲さんのインタビュー記事(1)が、withnewsに掲載されました。
2016年10月01日 香西咲さんのインタビュー記事(2)が、withnewsに掲載されました。
2016年10月17日 香西咲さんのインタビュー記事(日本語訳)が、AFP通信のサイトに掲載されました。
2016年12月28日 香西咲さんのインタビュー記事が、週刊文春に掲載されました。
香西咲さんのツイッター
(香西咲さんの重要ツイート ~2016年7月18日)
 私だって綺麗にリセット出来るならAVデビュー前の私に戻りたい。
 だけど変えられない現状踏まえて立て直したのが今の形。(後略。)

(明日のブログへつづく)



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