香西咲さんの真実のうったえによって、世の中の風景はかわりました。「諸国民の春」が実現しました。香西咲さんのおこなったことは、「2016年7月7日の革命」です

昨日、フランス革命から、パリ=コミューンまでを概観しました。
もう一度、この間の流れをながめてみます。

フランス革命 ~ パリ=コミューン

1789年~1799年(フランス革命
 王のルイ16世を処刑する。
 ロベスピエール、ナポレオンなどが元首となる。
  
1815年
 王政が復活する。
 ルイ18世が君主となる。
  10年後
1825年
 ルイ18世のあとをシャルル10世がひきつぐ。
 反動的な政治がおこなわれる。
  5年後
1830年
 シャルル10世を追放する。(七月革命
 あたらしい王として、ルイ=フィリップをむかえる。
 参政権が限定され、一般市民は政治に参加することができなかった。
  18年後
1848年
 ルイ=フィリップを追放する。(二月革命
 王政を廃止する。
 6月蜂起で、多くの市民が亡くなる。
 ルイ=ナポレオンが為政者となる。
  23年後
1871年
 労働者が首都のパリに、72日間、別の政府をつくる。(パリ=コミューン
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以上はすべて、フランス国内での出来事です。
他の国々には無関係なのかといいますと、そうではありません。
フランスの諸革命は、ヨーロッパの国々に多大な影響をあたえています。
最初のフランス革命は、周辺国に、自由と平等の精神を輸出しました。
2番目の七月革命もそうです。
具体的にみてみます。

1830年 七月革命

七月革命に触発された各国の人々が、それぞれ、たちあがります。

同年(1830年)

ドイツ
(※フランス【水色】、ドイツ【黄色】)

ドイツの各地で、人々が、憲法の制定をもとめて暴動をおこしました。

ベルギー
(※フランス【水色】、ベルギー【ピンク色】、オランダ【黄色】)

ベルギーで、独立運動がおこります。
当時、ベルギーは、オランダに支配されていました。
七月革命から、約1か月後のことです。
ベルギーのブリュッセルの劇場で、イタリアのナポリの独立をテーマにしたオペラが上演されました。
最後の場面で、
「さよなら祖国愛よ。復讐をとげん。自由よ、わが宝、まもりてたたかわん」
とうたわれると、観客はたちあがり、外へ飛び出しました。
口々に独立をさけび、暴動をおこしました。
騒乱は全土へひろがり、ベルギーの独立が実現します。

翌年(1831年)

ポーランド
(※フランス【水色】、ポーランド【ピンク色】)

ポーランドでも、ロシアの支配から脱却したいとのうごきが活発になります。
ショパンという作曲家がいます。
ポーランド人です。
当時、オーストリアのウィーンで、音楽活動をしていました。
独立運動のしらせを聞いて、自分も参加したいと考えました。
父親に手紙で相談したところ、思いとどまるようにと説得されます。
あきらめました。
その後、ショパンは、フランスへむかいます。
途中で、ポーランドの首都のワルシャワがロシア軍によって制圧された、と知ります。
このときの悲憤と絶望をあらわした曲が、「革命」です。

(YouTubeより)
ショパンの「革命」

イタリア
(※フランス【水色】、イタリア【黄緑】、オーストリア【ピンク色】)

イタリアも同様です。
民衆が、支配下のオーストリアからの独立をもとめます。
願いはかなわず、つぶされます。

イギリス
(※フランス【水色】、イギリス【黄色】)

イギリスでは、労働者による選挙権獲得のためのうごきが盛んになります。
この所為をチャーチスト運動といいます。
スローガンは、
「土地をすべての人民に、すべてのひとに家を、すべてのひとに選挙権を」
です。
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このようにして、七月革命の昂揚が各国へ伝播しました。
つぎは二月革命です。

1789年~1799年(フランス革命
 王のルイ16世を処刑する。
 ロベスピエール、ナポレオンなどが元首となる。
  
1815年
 王政が復活する。
 ルイ18世が君主となる。
  10年後
1825年
 ルイ18世のあとをシャルル10世がひきつぐ。
 反動的な政治がおこなわれる。
  5年後
1830年
 シャルル10世を追放する。(七月革命
 あたらしい王として、ルイ=フィリップをむかえる。
 参政権が限定され、一般市民は政治に参加することができなかった。
  18年後
1848年
 ルイ=フィリップを追放する。(二月革命
 王政を廃止する。
 ルイ=ナポレオンが為政者となる。
  23年後
1871年
 労働者が首都のパリに、72日間、別の政府をつくる。(パリ=コミューン
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1848年 二月革命

18年後、フランスでふたたび、革命が成功しました。
今度の革命も、各国のひとたちを刺激します。
その後、いたるところで革命や独立運動が生じます。
総称して、「諸国民の春」と言います。
具体的にみていきます。

オーストリア
(※フランス【水色】、オーストリア【ピンク】)

3月に、オーストリアのウイーンで、民衆が蜂起しました。
結果、農民を土地にしばりつけていた農奴制が廃止となります。
これを「ウイーン三月革命」といいます。

ドイツ
(※フランス【水色】、ドイツ【黄色】)

当時のドイツは、35の小国(領邦国家)と4つの都市からなっていました。
現在のような統一国家ではありません。
領邦国家のなかで、有力であったのが、プロイセンです。
ちなみに、上述したオーストリアも、ドイツの領邦国家のうちのひとつです。
プロイセンでも、オーストリアと同じ時期の3月に、首都のベルリンで革命がおきました。
名称は、「ベルリン三月革命」です。
王は国民に対して、憲法を制定することを約束しました。

革命は、ドイツ内の他の領邦国家にも波及します。
残念ながら、こちらのほうは、各国が出動を要請したプロイセン軍によって弾圧されました。
ザクセン王国の場合をみてみます。

(高木卓著「ヴァーグナー」音楽之友社刊より、引用。改行を施しています。)

<一部分を引用>
1849年5月3日、ドイツ連邦の領邦の一つザクセン王国の首都ドレスデンで、国王がプロイセン軍の支援を受けて議会を解散させ、革命派の弾圧を行ったことに対して民衆が蜂起し、市街戦になった。
そのとき、革命軍の先頭に立ち、さらに市内で最も高い十字架教会の屋根に登って指揮しながら一夜をすごしたのが、ワーグナーだった。
ワーグナー(1813年~1883年)は36歳、すでに作曲家として知られドレスデン宮廷指揮者の地位にあったが、革命派に加わり、その時ドレスデンに潜行していたバクーニンとも知り合いになった。
(中略。)
ワーグナーは市街戦が始まると十字架教会の鐘を乱打して兵器庫を襲撃中の民衆を鼓舞し、翌日はプロイセン軍との戦闘を呼びかけるビラを作って配り歩いた。
5月5日、政府軍が砲撃を開始すると寄せ集めの革命軍はおされ気味になったので、ワーグナーは十字架教会の屋根に登り、全体の状況を見わたして革命軍に指示を出し、そのまま一晩を屋根の上で過ごした。
しかし翌日、プロイセン軍がドレスデンに入り、由緒ある旧歌劇場も焼け落ち、革命軍は敗北した。
(略。)
ワーグナーは7日夜、妻と愛犬をつれてドレスデンを脱出、それ以後、13年にわたる亡命生活をチューリヒで送ることになる。

(YouTubeより)
ワーグナーの「ワルキューレの騎行 」
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これとは別に、以下の国々では、独立運動がおこりました。

・ベーメン(チェコ)
・ハンガリー
・ポーランド
・北イタリアのヴェネツィア
・北イタリアのロンバルディア

(※フランス【水色】、チェコ【ピンク色】、ハンガリー【黄色】、ポーランド【黄緑】)

いずれも、オーストリアやロシアによって粉砕されます。
無益な行為であったのではありません。
その後に実現する自立への萌芽となりました。
「諸国民の春」は、1848年の出来事です。
年号に着目して、「1848年の革命」と言う場合もあります。

(2016年7月29日 毎日新聞「AV出演強要 香西咲さん『私はこうして洗脳された』」より、引用。改行を施しています。)

毎日新聞記者
なぜそこまで覚悟を決められた?

香西咲さん
(前略。)
この(被害の)連鎖はもう止まらない。
(A氏が)どんどん新しい子を入れているのも分かっていたので、世の中のためにもなると思いました。

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(香西咲さんのツイートより、引用。)

香西咲さん
<2016年6月27日>
世の中変えたいし女の子の働きやすい環境整備、性教育…やりたかったからあえてこの業界に残ったのに…
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(香西咲さんのツイートより、引用。)

香西咲さん
<2016年7月20日>
(前略。)
入口は不本意な形でも携わってしまった以上、人の為になってから去りたい。

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(香西咲さんのツイートより、引用。)

香西咲さん
<2016年6月27日>
(前略。)
(略)今後不本意な形での出演が減って頂けたら私も報われます。

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香西咲さんの真実のうったえによって、世の中の風景はかわりました。
「諸国民の春」が実現しました。
香西咲さんのおこなったことは、「2016年7月7日の革命」です。
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2016年07月07日 香西咲さんの特集記事(1)が週刊文春に掲載されました。
2016年07月14日 香西咲さんの特集記事(2)が週刊文春に掲載されました。
2016年07月17日 香西咲さんがAbemaTV(みのもんたの「よるバズ!」)に出演されました。
2016年07月20日 香西咲さんのインタビュー記事が、しらべぇに掲載されました。
2016年07月27日 香西咲さんのインタビュー動画が、毎日新聞のWebサイトにアップされました。
2016年07月29日 香西咲さんのインタビュー記事と動画が、毎日新聞のWebサイトに掲載されました。
(引用。A氏による衝撃の回答)
問「出演強要が社会問題化している。事務所の運営や女優との契約について見直しは?」
A氏「当然やっていく。今、弁護士と話して、きちんとしていこうとしている

 (A氏は、これまできちんとしていなかったことを認めました。)
2016年08月27日 香西咲さんのインタビュー記事が、弁護士ドットコム(前編)(後編)に掲載されました。
2016年09月17日 香西咲さんがAbemaTV(みのもんたの「よるバズ!」【1】【2】【3】)に出演されました。
2016年09月24日 香西咲さんのインタビュー記事(1)が、withnewsに掲載されました。
2016年10月01日 香西咲さんのインタビュー記事(2)が、withnewsに掲載されました。
2016年10月17日 香西咲さんのインタビュー記事(日本語訳)が、AFP通信のサイトに掲載されました。
2016年12月28日 香西咲さんのインタビュー記事が、週刊文春に掲載されました。
香西咲さんのツイッター
(香西咲さんの重要ツイート ~2016年7月18日)
 私だって綺麗にリセット出来るならAVデビュー前の私に戻りたい。
 だけど変えられない現状踏まえて立て直したのが今の形。(後略。)

(明日のブログへつづく)



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