今日は憲法記念日です。「日本の女性が幸せになれるには、何が一番大事かを考えた」。香西咲さんも、男女の平等を具現化したベアテさんと同様に、他人の痛みがわかるかたです

本日は憲法記念日です。
現在の憲法は、1947年5月3日から施行されました。
爾来(じらい)、70年が経過しました。

1947年5月3日 施行
  70年
2017年5月3日(本日)

今日の朝日新聞に興味深い記事が掲載されました。

(2017年5月3日 朝日新聞「憲法草案に『いいじゃないか』 昭和天皇の発言、メモに」より、引用。改行を施しています。)

<一部分を引用>
「これでいいじゃないか」――。
日本国憲法起草のもとになった連合国軍総司令部(GHQ)草案の受け入れをめぐり、1946年2月22日に昭和天皇が幣原(しではら)喜重郎首相(当時)と面談した際の天皇の発言を示すメモが、憲法学者の故宮沢俊義・東大教授のノートに記されていたことがわかった。

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昨日にひきつづき、本日も、日本国憲法がつくられていく過程をみてみます。

1945年

8月14日
日本政府は、アメリカ、イギリス、中国、ソ連から勧告されていた無条件降伏を承諾します。
ポツダム宣言の受諾です。

8月15日
正午、天皇が、ラジオで、ポツダム宣言をうけいれたと発表しました。
「終戦の詔勅」は、以下のことばからはじまります。

(国会図書館「終戦の詔勅」より、引用。改行を施しています。)

(原文)
朕深ク世界ノ大勢ト帝国ノ現状トニ鑑ミ非常ノ措置ヲ以テ時局ヲ収拾セムト欲シ茲ニ忠良ナル爾臣民ニ告ク
朕ハ帝国政府ヲシテ米英支蘇四国ニ対シ其ノ共同宣言ヲ受諾スル旨通告セシメタリ
(略。)

(※ぼくのほうで現代表記にあらためました。)
私は、深く、世界の大勢と、日本の現状とにかんがみ、非常の措置をもって時局を収拾せむとほっし、ここに忠良なるなんじ国民に告ぐ。
私は、日本政府をして、アメリカ、イギリス、中国、ソ連の4国に対し、その共同宣言を受諾するむね通告せしめたり。
(略。)

日本は、8月15日を「終戦の日」としています。

9月2日
18日後、日本は、降伏文書に署名します。
国際的には、9月2日が、戦争のおわった日、とされています。
調印は、東京湾に停泊しているアメリカの軍艦ミズーリ号の船内でおこなわれました。
文書には、
日本軍の無条件降伏、
ポツダム宣言の忠実な履行、
日本の統治権が連合国最高司令官の下に従属すること、
などが記されています。
当該箇所を参照します。

(国会図書館「降伏文書」より、引用。改行を施しています。)

(原文)
下名ハ茲ニ日本帝国大本営並ニ何レノ位置ニ在ルヲ問ハズ一切ノ日本国軍隊及日本国ノ支配下ニ在ル一切ノ軍隊ノ聯合国ニ対スル無条件降伏ヲ布告ス

(※ぼくのほうで現代表記にあらためました。)
下名はここに、日本政府、軍部、ならびに、いずれの位置にあるを問わず、いっさいの日本国軍隊、および日本国の支配下にあるいっさいの軍隊の連合国に対する無条件降伏を布告す。

下名」というのは、降伏文書に署名したひとたちのことです。
みてみます。

<日本側>
・天皇と政府の代表 重光葵(しげみつまもる)外相
・軍部の代表 梅津美治郎(うめづよしじろう)参謀総長

<連合国側>
・マッカーサー 連合国軍総司令部 最高司令官(※8月30日に来日)
・アメリカ代表
・中国代表
・イギリス代表
・ソ連代表
・オーストラリア代表
・カナダ代表
・フランス代表
・オランダ代表
・ニュージーランド代表

降伏文書をつづけます。

(原文)
下名ハ茲(ここ)ニ合衆国、中華民国及「グレート、ブリテン」国ノ政府ノ首班ガ千九百四十五年七月二十六日「ポツダム」ニ於テ発シ後ニ「ソヴィエト」社会主義共和国聯邦ガ参加シタル宣言ノ条項ヲ日本国天皇、日本国政府及日本帝国大本営ノ命ニ依リ且之ニ代リ受諾ス右四国ハ以下之ヲ聯合国ト称ス

(※ぼくのほうで現代表記にあらためました。)
下名はここに、アメリカ合衆国、中国、イギリスの政府の首班が1945年7月26日「ポツダム」において発し、のちにソ連が参加したる宣言の条項を日本国天皇、日本国政府および日本帝国大本営の命により、かつ、これに代わり受諾する。右の4国は以下これを連合国と称す。

日本は、
アメリカ合衆国、
イギリス
中国、
ソ連
のことを「連合国」とよびます。

(原文)
下名ハ茲ニ「ポツダム」宣言ノ条項ヲ誠実ニ履行スルコト並ニ右宣言ヲ実施スル為聯合国最高司令官又ハ其ノ他特定ノ聯合国代表者ガ要求スルコトアルベキ一切ノ命令ヲ発シ且斯ル一切ノ措置ヲ執ルコトヲ天皇、日本国政府及其ノ後継者ノ為ニ約ス

(※ぼくのほうで現代表記にあらためました。)
下名はここに、「ポツダム」宣言の条項を誠実に履行すること、並びに、右宣言を実施するため、連合国最高司令官又はその他特定の連合国代表者が要求することあるべきいっさいの命令を発し、かつ、かかるいっさいの措置を執ることを天皇、日本国政府及びその後継者のために約す。

日本は、ポツダム宣言に書かれていることを滞りなく実行しなければなりません。

(原文)
天皇及日本国政府ノ国家統治ノ権限ハ本降伏条項ヲ実施スル為適当ト認ムル措置ヲ執ル聯合国最高司令官ノ制限ノ下ニ置カルルモノトス

(※ぼくのほうで現代表記にあらためました。)
天皇および日本国政府の国家統治の権限は、本降伏条項を実施するため、適当と認むる措置を執る連合国最高司令官の制限の下に置かるるものとす。

日本は、連合国最高司令官の下におかれることとなりました。
連合国最高司令官の略称は、SCAPE(エスキャップ)です。
日本を占領するさいの最高命令機関です。
連合国最高司令官(SCAPE)の補助機構としてもうけられたのが、GHQ(連合国軍総司令部)です。
GHQの最初の最高司令官は、マッカーサーです。

9月27日
調印の25日後、マッカーサーは、天皇と会見します。

(※画像は、Wikipediaより、引用。)

大日本帝国憲法(明治憲法)は、天皇に関して、以下のとおり規定しています。
(※現代表記にあらためています。)

第3条
「天皇は神聖にして侵すべからず」
第4条
「天皇は国の元首にして統治権を総攬しこの憲法の条規によりこれをおこなう」

天皇は神であり、統治権をすべてにぎって(総攬して)いる権力者です。
ポツダム宣言のなかに、つぎの条項があります。

(国会図書館「ポツダム宣言」より、引用。改行を施しています。)

(原文)
六、吾等ハ無責任ナル軍国主義カ世界ヨリ駆逐セラルルニ至ル迄ハ平和、安全及正義ノ新秩序カ生シ得サルコトヲ主張スルモノナルヲ以テ日本国国民ヲ欺瞞シ之ヲシテ世界征服ノ挙ニ出ツルノ過誤ヲ犯サシメタル者ノ権力及勢力ハ永久ニ除去セラレサルヘカラス

(※ぼくのほうで現代表記にあらためました。)
六、われらは無責任なる軍国主義が、世界より駆逐せらるるにいたるまでは、平和、安全および、正義の新秩序が生じえざることを主張するものなるをもって、日本国国民を欺瞞(ぎまん)し、これをして世界征服の挙に出ずるの過誤を犯さしめた者の権力および勢力は、永久に除去せらるべからず。

マッカーサーの課題は、天皇のあつかいでした。

10月11日

ついで、マッカーサーは、首相の幣原(しではら)喜重郎と面談します。
この席で、憲法の改正が話題にのぼりました。
以降の出来事につきましては、昨日のブログでもふれています。

1946年

2月1日
毎日新聞が、日本政府によって検討されている憲法案(憲法改正要綱)をスクープします。
大日本帝国憲法(明治憲法)とほとんどかわらない内容のものであると。
これを知ったマッカーサーが、怒りをあらわにします。
日本はポツダム宣言を履行する気がないのか、と。

(国会図書館「ポツダム宣言」より、引用。改行を施しています。)

(原文)
十、吾等ハ日本人ヲ民族トシテ奴隷化セントシ又ハ国民トシテ滅亡セシメントスルノ意図ヲ有スルモノニ非サルモ吾等ノ俘虜ヲ虐待セル者ヲ含ム一切ノ戦争犯罪人ニ対シテハ厳重ナル処罰加ヘラルヘシ日本国政府ハ日本国国民ノ間ニ於ケル民主主義的傾向ノ復活強化ニ対スル一切ノ障礙ヲ除去スヘシ言論、宗教及思想ノ自由並ニ基本的人権ノ尊重ハ確立セラルヘシ

(※ぼくのほうで現代表記にあらためました。)
十、われらは、日本人を民族として奴隷化せんとし、または、国民として滅亡せしめんとするの意図を有するものにあらざるも、われらの捕虜を虐待する者を含むいっさいの戦争犯罪人に対しては、厳重なる処罰を加えられるべし。日本国政府は、日本国国民の間における民主主義的傾向の復活強化に対するいっさいの障害を除去し、言論、宗教、および思想の自由、ならびに、基本的人権の尊重は確立せらるべし。

ポツダム宣言は、日本に対して、
「民主主義的傾向の復活強化」、
「言論、宗教、および思想の自由」、
「基本的人権の尊重」
をもとめています。
日本政府の憲法案(憲法改正要綱)には、このことに関する記述がありませんでした。

2月4日
毎日新聞の報道から3日後のことです。
GHQのホイットニー民政局長が、民政局のスタッフをあつめました。
20数名の局員を前にして、局長がこう言いました。
「今日からあなたたちは新しい日本の憲法草案を作るのが任務です。これは極秘です」
と。
22歳のベアテさんは、女性の権利の条項を作成することになりました。

(2007年5月1日 東京新聞「日本国憲法の『男女平等』を起草した ベアテ・シロタ・ゴードンさん Q憲法にどんな思いを込めましたか?」より、引用。改行を施しています。)

ベアテさん
憲法草案を書くなんて思っていなかったから、最初はびっくりしましたが、女性の権利を書くことになり、すごく喜びました。
私は五歳半から十五歳半まで日本にいて、当時の日本女性には権利が全然なく、その苦労を詳しく知っていましたから、女性にもいろんな権利を与えたいという気持ちで草案づくりを始めました。
憲法の専門家でない私は、いろんな国の憲法を参考にしようと、ジープに乗って東京の図書館を回り、本を借りてきました。
草案づくりは極秘で、一カ所だけ行くとよくないと思い、三カ所で十か十一の憲法を見つけ出して事務所に戻ったのです。

(ベアテ=シロタ=ゴードン著「1945年のクリスマス」柏書房刊より、引用。改行を施しています。)

ベアテさん
私は(略)日本の女性が幸せになれるには、何が一番大事かを考えた。
(中略。)
女性の権利をはっきりと掲げなければならない。

ベアテさんの思いは、日本国憲法のなかへ反映されました。
いまも、息衝(づ)いています。
ベアテさんは、アメリカの大学を卒業したあと、一時、タイム誌ではたらいた経験があります。
女性の仕事は資料をあつめることでした。
記事は男性の記者が仕上げます。
女性は補助員、という立場でした。
差別を味わったベアテさんは、22歳のときに再来日します。

(再掲)
日本の女性が幸せになれるには、何が一番大事かを考えた

香西咲さんも、そうでした。

香西咲さん
<2016年7月19日>


私だって普通の女性に戻りたい気持ちもあります。
でも今誰も顔を出せない、名前を上げて意見を言えない。
私は微力ながらこの問題に尽力し、それから女性の性環境を整えてこの業界を去ります。

ベアテさんと同様に、香西咲さんも、他人の痛みがわかるかたです。
日本の女性が幸せになれるには、何が一番大事かを考えた
ベアテさんの思いは成就しました。
香西咲さんにつきましても、ベアテさんの場合と同じ結末がまっていると考えます。

2月12日
8日後、憲法草案が完成しました。
この草案(下書き)のことを「マッカーサー草案」、または、「GHQ草案」といいます。

2月13日
完成の翌日、外務大臣官邸で、ホイットニー民政局長と、松本国務大臣、吉田外務大臣の会談がおこなわれました。
最初に、ホイットニーが口をひらきました。
「あなたがたの改正案をみとめることは不可能です」
つづけて、
「われわれの草案(マッカーサー草案)の基本原則を受け入れれば、天皇の身は安泰になります」
と。
ふたたび、本日の朝日新聞の記事をみてみます。

(2017年5月3日 朝日新聞「憲法草案に『いいじゃないか』 昭和天皇の発言、メモに」より、引用。改行を施しています。)

<一部分を引用>
46年2月13日、GHQ側から渡された草案では天皇の地位が「象徴」となるなど、政府内では受け入れをめぐり賛否が割れたが、22日午前の閣議で事実上の受け入れを決定。
同日午後、首相だった幣原氏が天皇を訪ね、経緯を報告した――ここまではすでに明らかになっている。
宮沢ノートのメモは、この時の様子をこう記す。
「陛下に拝謁(はいえつ)して、憲法草案(先方から示されたもの)を御目(おめ)にかけた。すると陛下は『これでいいじゃないか』と仰せられた。自分はこの御一言で、安心して、これで行くことに腹をきめた」

3月4日
この日、GHQと日本政府との間で、最終的な協議がおこなわれました。

(2017年5月3日 朝日新聞「憲法草案に『いいじゃないか』 昭和天皇の発言、メモに」より、引用。改行を施しています。)

<一部分を引用>
草案に沿って憲法改正案作りをすることを決定した日本政府は、3月4日から5日にかけてGHQ側との徹夜の協議で案を確定。
6日、「憲法改正草案要綱」として発表した。

昨日のブログでもふれました。
この席で、ベアテさんが希求した男女平等の原則が承認されました。
ほかにも具現化した項目があります。
長くなりましたので、明日のブログでご紹介させていただきます。
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2016年07月07日 香西咲さんの特集記事(1)が週刊文春に掲載されました。
2016年07月14日 香西咲さんの特集記事(2)が週刊文春に掲載されました。
2016年07月17日 香西咲さんがAbemaTV(みのもんたの「よるバズ!」)に出演されました。
2016年07月20日 香西咲さんのインタビュー記事が、しらべぇに掲載されました。
2016年07月27日 香西咲さんのインタビュー動画が、毎日新聞のWebサイトにアップされました。
2016年07月29日 香西咲さんのインタビュー記事と動画が、毎日新聞のWebサイトに掲載されました。
(引用。A氏による衝撃の回答)
問「出演強要が社会問題化している。事務所の運営や女優との契約について見直しは?」
A氏「当然やっていく。今、弁護士と話して、きちんとしていこうとしている

 (A氏は、これまできちんとしていなかったことを認めました。)
2016年08月27日 香西咲さんのインタビュー記事が、弁護士ドットコム(前編)(後編)に掲載されました。
2016年09月17日 香西咲さんがAbemaTV(みのもんたの「よるバズ!」【1】【2】【3】)に出演されました。
2016年09月24日 香西咲さんのインタビュー記事(1)が、withnewsに掲載されました。
2016年10月01日 香西咲さんのインタビュー記事(2)が、withnewsに掲載されました。
2016年10月17日 香西咲さんのインタビュー記事(日本語訳)が、AFP通信のサイトに掲載されました。
2016年12月28日 香西咲さんのインタビュー記事が、週刊文春に掲載されました。
香西咲さんのツイッター
(香西咲さんの重要ツイート ~2016年7月18日)
 私だって綺麗にリセット出来るならAVデビュー前の私に戻りたい。
 だけど変えられない現状踏まえて立て直したのが今の形。(後略。)

(明日のブログへつづく)



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