香西咲さん「PTSDやフラッシュバックの治療が楽しみです」「投げやりだった人生でしたが、(略)今やっと前向きに人生を考え直そうという気持ちになって参りました」

過日のブログで、フロム(1900年 ~ 1980年)の思想についてふれました。

フロム著 日高六郎訳「自由からの逃走」東京創元社刊

フロムは、ドイツの精神分析学者です。
自国民がなぜ、ナチズムの信奉者になっていったのかを考察しました。

(参考。当ブログ)
2017/03/08
2017/03/10

フロムは、愛についての著作も上梓しています。

フロム著 鈴木晶訳「愛するということ」紀伊國屋書店刊

前回のブログで、当該書籍の冒頭の箇所を引用しました。
もう一度、引きます。

(フロム著 鈴木晶訳「愛するということ」紀伊國屋書店刊より、引用。改行を施しています。)

愛は一つの快感であり、それを経験するかどうかは運の問題で、運がよければそこに「落ちる」ようなものだろうか。
それとも愛は技術だろうか。
技術だとしたら、知識と努力が必要だ。
この小さな本は、愛は技術であるという後者の前提のうえに立っている。
しかし、今日の人々の大半は前者のほうを信じているに違いない。
だからといって、人々が愛を軽く見ているというわけではない。
それどころか、誰もが愛に飢えている。
楽しい、あるいは悲しいラブストーリーを描いた数え切れないほどの映画を観、愛をうたった流行歌に聞き入っている。
ところが、愛について学ばなければならないことがあるのだと考えている人はほとんどいない。

——————————————————–

難解な言いまわしです。
フロムは、2つの事柄を比較衡量(比較して勘案)しています。
愛は、偶然に落ちるものなのか、それとも、技術なのか、と。
愛は技術である、とフロムは主張します。
日本には、
「ラブ・ストーリーは突然に」
という名曲があります。

<一部分を引用>
あの日 あの時 あの場所で
君に会えなかったら
僕等はいつまでも
見知らぬ二人のまま

——————————————————–

胸に迫るものがあります。
ロマンチックな愛です。
フロムはこの種の案件に対して疑念をしめします。

(フロム著 鈴木晶訳「愛するということ」紀伊國屋書店刊より、引用。改行を施しています。)

それまで赤の他人どうしだった二人が、互いを隔てていた壁を突然取り払い、親しみを感じ、一体感をおぼえる瞬間は、生涯をつうじてもっとも心踊り、胸のときめく瞬間である。
それまで自分の殻に閉じこもり、愛を知らずに生きてきた人ならばいっそう素晴らしい奇跡的な瞬間となるだろう。

——————————————————–

(再掲)
奇跡的な瞬間

突然、脳裏に、懐メロの歌詞がうかびました。
時折、カラオケで熱唱するひとがいます。

<一部分を引用>
愛は奇跡を信じる力よ
孤独が魂(こころ)閉じ込めても
ひとりきりじゃないよと あなた
愛を口移しに 教えてあげたい

——————————————————–

愛は奇跡なのでしょうか。
フロムのことばをつづけます。

(フロム著 鈴木晶訳「愛するということ」紀伊國屋書店刊より、引用。改行を施しています。)

ふいに親しくなるというこの奇跡は、二人が性的にひきつけあって結ばれるとか、性的な関係から交際が始まった場合のほうが起こりやすい。
しかし、この種の愛はどうしても長続きしない。
親しくなるにつれ、親密さから奇跡めいたところがなくなり、やがて反感、失望、倦怠が最初の興奮のなごりを消し去ってしまう。

——————————————————–

思わず失笑しました。
フロムが、このようなことをまじめに語るとは。

(フロム著 鈴木晶訳「愛するということ」紀伊國屋書店刊より、引用。改行を施しています。)

しかし、最初は二人共そんなこととは夢にも思わず、互いに夢中になった状態、頭に血がのぼった状態を、愛の強さの証拠だと思い込む。
だが、実はそれは、それまで二人がどれほど孤独であったかを示しているにすぎないかもしれないのだ。

——————————————————–

(再掲)
それまで二人がどれほど孤独であったかを示しているにすぎない

フロムの物言いは上品です。
わかりやく表現するのならば、見境(みさかい)がなくなっていた、というところでしょうか。
フロムはこう結論づけたいようです。
愛は、「運がよければそこに『落ちる』ようなもの」ではない、と。

(フロム著 鈴木晶訳「愛するということ」紀伊國屋書店刊より、引用。改行を施しています。)

愛することほど易(やさ)しいものはない、というこの考え方は、それに反する証拠が山とあるにもかかわらず、今もなお愛についての一般的な考え方となっている。
——————————————————–

異性を一方的に愛することは簡単です。

(フロム著 鈴木晶訳「愛するということ」紀伊國屋書店刊より、引用。改行を施しています。)

これほど大きな希望と期待とともに始まりながら、きまって失敗に終わる活動や事業などの他には見あたらない。
もしこれが何かほかの活動なら、人は失敗の原因をぜひとも知りたいと思うだろうし、どうすればうまくゆくかを知りたがるだろう。
さもなくば、いっさいその活動をやめてしまうだろう。
愛することをやめてしまうことはできない以上、愛の失敗を克服する適切な方法は一つしかない。

——————————————————–

(再掲)
愛の失敗を克服する適切な方法は一つしかない

それはいったい何なのでしょうか。

(フロム著 鈴木晶訳「愛するということ」紀伊國屋書店刊より、引用。改行を施しています。)

失敗の原因を調べ、そこから進んで愛の意味を学ぶことである。
——————————————————–

冒頭でフロムは、つぎのようにのべています。

(再掲)
愛は技術である
技術だとしたら、知識と努力が必要だ
愛について学ばなければならないことがある
と。
どのようにすれば、愛の意味を学ぶことができるのでしょうか。

(フロム著 鈴木晶訳「愛するということ」紀伊國屋書店刊より、引用。改行を施しています。)

そのための第一歩は、生きることが技術であるのと同じく、「愛は技術である」ことを知ることである。
どうすれば人を愛せるようになるかを学びたければ、他の技術、たとえば音楽、医学、工学などの技術を学ぶときと同じ道をたどらなければならない。

——————————————————–

どうやら、恋は盲目(Love Is Blind)ではだめなようです。
失敗する確率が高いのかもしれません。
哲学者のアイリス=マードック(1919年~1999年)は、つぎのようなことを言っています。

愛することを教えてくれたあなた。今度は忘れることを教えてください

フロムは、自著のなかで、経済学者のマルクスのことばを紹介しています。

(カール=マルクス著「経済学・哲学草稿」より、引用。)

もし人を愛してもその人の心に愛が生まれなかったとしたら、つまり、自分の愛が愛を生まないようなものだったら、また愛する者としての生の表出によっても、愛される人間になれなかったとしたら、その愛は無力であり不幸である

晦渋(文章がむずかしくて意味がわかりにくい)です。
要するに、片思いの恋はするな、と言っています。
こうしたことも学ぶべきなのでしょう。

(再掲。フロム)
愛について学ばなければならないことがある

フロムの言説をいくつかご紹介させていただきます。

愛は能動的な活動であり受動的な感情ではない。
そのなかに「落ちる」ものではなく「みずから踏みこむ」ものである。
愛は何よりも与えることであり、もらうことではない。
たくさん持っている人が豊かなのではなく、たくさん与える人が豊かなのだ。

——————————————————–

誰かを愛するというのは単なる激しい感情ではない。
それは決意であり、決断であり、約束である。
もし愛が単なる感情にすぎないとしたら、
「あなたを永遠に愛します」
という約束はなんの根拠もないことになる。

——————————————————–

愛は誰かに影響されて生まれるものではなく、自分自身の愛する能力にもとづいて、愛する人の成長と幸福を積極的に求めることである。
一人の人間を愛するということは、人間そのものを愛することでもある。

——————————————————–

香西咲さんのツイッター(2016年12月19日)より、引用。

<香西咲さん>
年明けのPTSDやフラッシュバックの治療が楽しみです。
投げやりだった人生でしたが、業界内外の方々やファンの方々の愛情を感じる事ができ今やっと前向きに人生を考え直そうという気持ちになって参りました。
少しづつですが。
どうかこれからも温かく見守って頂けたら幸いです。
ありがとうございます

——————————————————–

自己愛。
私自身も他人と同じく私の愛の対象になりうる。
自分自身の人生・幸福・成長・自由を肯定することは、自分の愛する能力、すなわち気づかい・尊敬・責任・理解(知)に根ざしている。
もしある人が生産的に愛することができるとしたら、その人はその人自身をも愛している。
——————————————————–
自己愛。
もし他人しか愛せないとしたら、その人はまったく愛することができないのである。
利己主義と自己愛とは、同じどころかまったく正反対である。
利己的な人は自分を愛しすぎるのではなく、愛さなすぎるのである。
いや実際のところ彼は自分を憎んでいるのだ。

——————————————————–

(再掲。香西咲さん)
今やっと前向きに人生を考え直そうという気持ちになって参りました

香西咲さんが、あたらしい人生をあゆまれることを願っております。
——————————————————–
2016年07月07日 香西咲さんの特集記事(1)が週刊文春に掲載されました。
2016年07月14日 香西咲さんの特集記事(2)が週刊文春に掲載されました。
2016年07月17日 香西咲さんがAbemaTV(みのもんたの「よるバズ!」)に出演されました。
2016年07月20日 香西咲さんのインタビュー記事が、しらべぇに掲載されました。
2016年07月27日 香西咲さんのインタビュー動画が、毎日新聞のWebサイトにアップされました。
2016年07月29日 香西咲さんのインタビュー記事と動画が、毎日新聞のWebサイトに掲載されました。
(引用。A氏による衝撃の回答)
問「出演強要が社会問題化している。事務所の運営や女優との契約について見直しは?」
A氏「当然やっていく。今、弁護士と話して、きちんとしていこうとしている

 (A氏は、これまできちんとしていなかったことを認めました。)
2016年08月27日 香西咲さんのインタビュー記事が、弁護士ドットコム(前編)(後編)に掲載されました。
2016年09月17日 香西咲さんがAbemaTV(みのもんたの「よるバズ!」【1】【2】【3】)に出演されました。
2016年09月24日 香西咲さんのインタビュー記事(1)が、withnewsに掲載されました。
2016年10月01日 香西咲さんのインタビュー記事(2)が、withnewsに掲載されました。
2016年10月17日 香西咲さんのインタビュー記事(日本語訳)が、AFP通信のサイトに掲載されました。
2016年12月28日 香西咲さんのインタビュー記事が、週刊文春に掲載されました。
香西咲さんのツイッター
(香西咲さんの重要ツイート ~2016年7月18日)
 私だって綺麗にリセット出来るならAVデビュー前の私に戻りたい。
 だけど変えられない現状踏まえて立て直したのが今の形。(後略。)

(明日のブログへつづく)



香西咲さんを勝手に応援するサイトへ

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。