悪徳プロダクション時代、香西咲さんには生きるよろこびがあったのだろうか

明日は、9月27日、です。
あたりまえのことです。
特記すべきことでもありません。
毎年、9月27日になりますと、ぼくは、ある出来事を思いだします。
本日はそのことについて書かせていただきます。
ちなみにぼくがこの事実を知ったのは、かなりあとになってからです。
最初、先輩から、そのはなしを聞きました。
昔、こういうことがあったと。
そのとき、胸に痛みを感じたのを覚えています。
しばらくしてから書店へいき、関連する本を数冊、購入しました。
本日はそのことについて概説します。

横浜の緑区に児童公園があります。
その近くで、林さん一家が暮らしていました。
農業で生計をたてていました。
家族構成はつぎのとおりです。

 一久さん(夫) 
 和枝さん(妻。27歳)
 裕一郎くん(長男。3歳)
 康弘くん(次男。1歳)
 おばあちゃん(一久さんの母親)
 早苗さん(一久さんの妹)

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1977年の9月27日のことです。
この日は、早苗さんの話題で盛りあがっていました。
早苗さんは3か月後、結婚することになっていました。
一久さんとおばあちゃんは、途中で外出します。
家のなかには、4人が残りました。

 和枝さん
 早苗さん
 裕一郎くん
 康弘くん
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昼食がおわって、皆で、アイスクリームを食べていました。
おだやかな午後のひとときです。
1時をまわったときでした。
突然、爆発音がとどろきました。
地面が激しく揺れます。
地震ではありません。
近くに、アメリカ軍のジェット機が墜ちたのです。

機体は四分五裂(バラバラ)の状態となりました。
金属片が高く舞いあがります。
それがすぐに、火の塊へとかわり、乱舞しました。
胴体からは、夥(おびただ)しい量の火焔(かえん)が、多方面に放出されています。
ドラム缶65個分のジェット燃料が燃えさかっているからです。
炎が周囲の家々に襲いかかります。
林さんの家までは届きませんでした。
かわりに、赫々(かっかく)たる陽光をはなつ物体が、壁を突き破って侵入してきました。
翼の一部です。
焦(こ)げたような匂(にお)いがしました。
一瞬にして、家のなかが、炎につつまれました。

外で、宅地づくりの作業をしていたひとたちは、空に目をやりました。
また何かが落ちてきます。
パラシュートのようです。
2つ浮いています。
アメリカ兵でした。
ジェット機が墜落する寸前に脱出したのです。

自衛隊のヘリコプターがやってきました。
住宅と樹木が激しく燃えています。
地面に、くずおれている(くずれるように倒れている)ひともいます。
自衛隊員は何事もなかったようにしてすすみます。
目をくれようともしません。
パラシュートを解いた二人と会話をかわします。
全員でヘリコプターに乗りこむと、すぐに飛びたっていきました。

間をおかずに、別のヘリコプターが降下してきます。
今度はアメリカ軍でした。
事故の原因を調査するためにやってきたのです。
こちらも、被災者の救助等は、いっさいおこないません。
証拠となるエンジンや部品などを収集すると、速やかに去っていきました。

この事故で、三軒が全焼しました。
瀕死の重傷者を負ったのは3人です。
林家の和枝さん(27歳)と、裕一郎くん(3歳)、康弘くん(1歳)です。

目撃者はつぎのような証言をしています。

炎の中から、奥さんらしい人(和枝さん)と、25、6歳くらいの娘さん(早苗さん)が、赤ちゃんを抱え、悲鳴をあげて飛び出してきました。
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上着は黒こげ、下着がべったり肌にひっついているんです。
こめかみからは血が噴きだして。
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道路には血だらけになった男の子が倒れていました。

<目撃者の証言>
両手両足はもとより、からだじゅうの皮がむけて、血のかたまりと同じでした。
もう声を出す力もないほどでした。
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この子は、康弘くん(1歳)でした。
早苗さん、裕一郎くん、康弘くんの3人は、近くにある青葉台病院へ搬送されました。
和枝さんは、昭和大学藤が丘病院へ運ばれました。

康弘くんは病院のベッドで、何度も繰り返し、
「パパ、パパ」
と声をだしました。

同じくベッドの上の裕一郎くん(3歳)は、泣きながら声をあげました。
「お水をちょうだい。ジュースを。ジュースをちょうだい」
と。

深夜の0時50分のことでした。
裕一郎くん(3歳)が、かすかに口を動かして、こういいました。
「バイバイ」
と。
これが最期のことばでした。

(早乙女勝元著「パパママバイバイ」日本図書センター刊より、引用。改行を施しています。)

康弘ちゃん(1歳)は、やけどの痛みを伝えることばも知らず、ベッドの上で、全身ぐるぐるとほうたいに巻かれていました。
目と口以外はまっしろで、かわいそうで、かわいそうで・・・・・・。
それでも、「パパ・・・・・・パパ・・・・・・」
とかすれた声で、何度も何度も呼んでいました。
明け方ちかくになって、何か口ずさむような声が、ひくく、かぼそくきこえてきました。
「ポッポッポー・・・・・・」
死線をさまようなかで、もう痛みもうすれてきたのでしょうか。
それは、いつもおとうさんといっしょのおふろで、おとうさんが口ぐせに歌ってきかせた鳩ポッポの歌でした。
歌をうたいながら、康弘ちゃん(1歳)は・・・・・・とうとう・・・・・・息をひきとったのです。
この世に生まれてきて、たった1年ちょっとの命でした。

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康弘くん(1歳)は、午前4時30分に亡くなります。

和枝さん(27歳)は、子どもたちとは違う別の病院で治療を受けています。
危篤でした。
家族は、裕一郎くん(3歳)と康弘くん(1歳)の死を秘匿します。
和枝さんがその事実を知ったのは、1年4か月後のことでした。
病院で和枝さんは、子どもたちも自分と同じように治療を受けていると信じていました。
周囲のものたちは、
「子どもは生きている」
といって、激励しました。
この甲斐があって、和枝さんは、最悪の状態を脱します。

(平和の母子像実行委員会著「鳩よよみがえれ」水曜社刊より、引用。改行を施しています。)

1月ごろ、硝酸銀ぶろの治療が始まりました。
化膿を防ぐためです。
全身やけどの体には、心臓をえぐるような激痛が走ります。
浴槽に沈められる時、和枝さんのあげる悲鳴が、病院のすみずみまでひびきわたりました。
しかし、
「子どもに会いたい、早くなおって自分の手で看病してやりたい」
という一念で和枝さんは、歯をくいしばりました。

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海でからだを灼(や)いたあとに、風呂に入った経験があると思います。
がまんできないほどの痛さです。
和枝さんの場合は、全身、大やけどを負っています。
日焼けとはわけがちがいます。
浸かるのも、お湯ではなく、刺激性の強い硝酸銀の液体です。

(平和の母子像実行委員会著「鳩よよみがえれ」水曜社刊より、引用。改行を施しています。)

事故後の治療のすさまじさは、言葉を絶するものがありました。
薬浴や植皮手術の激痛に、
「やめてー。殺してー」
と叫んだ和枝さん。
それでも最後には、
「やって」
といいきった強さを支えたのは、子どもを思う母性でした。

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入院してから、5か月がすぎました。
和枝さんは、新聞に広告を出しました。

 皮膚をわけてください。

求める皮膚は5センチ四方です。
提供者は、メスでその大きさのものを切りとられます。
それも麻酔なしで。
この申し出に対して、いったい何人のひとが応じたのでしょうか。
つづきは明日、ご紹介をします。

いまこのブログを書いていて、林和枝さんと香西咲さんの姿が重なりました。
あのとき、香西咲さんは、どのような気持ちで日々を過ごされていたのだろうか、と。

(週刊文春の記事より、引用。)

<香西咲さん>
なぜ(AV撮影)を辞めなかったんだと思われるかもしれません。ですが、抜けるに抜けられない状況に追い込まれ、搾取されつづける絶望感は、体験したものにしかわからない。青木の支配下に置かれていた頃、私にとってAV撮影は自傷行為そのものでした。」(2016年7月7日)
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~「事務所の言いつけ通りに仕事をこなす日々。夢のためにと笑顔をつくって自分を奮い立たせたが、気がつけばアルコールと睡眠薬が必需品になっていた。」(2016年7月14日)
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ストレスから円形脱毛症になり全身がけだるく、胃腸は毎日、抉られるように痛みました。自分で救急車を呼んだこともあった。」(2016年7月14日)
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香西咲さんのTwitter(2014年7月3日)より、引用。

あの時は、トラックが突っ込んできても私は避けないってマネージャーにも話してた。
本当に笑えなかったよね。
もちろん今は避ける(笑)
あの時笑えなかった事がやっと笑い話にできる(笑)

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香西咲さんのツイッター(2016年7月13日)より、引用。

契約書を縦に止めさせてもくれない、かと言って事務所に居続けたら、 V撮影と性接待(勿論金銭のやり取りなし)に都合良く使われて青木亮に飼い殺しになる…
本気で死にたかった。
あの頃の私はトラックに突っ込んで欲しかった。

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やるせないです。
こいつらが憎いです。
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2016年7月07日 香西咲さんの特集記事(1)が週刊文春に掲載されました。
2016年7月14日 香西咲さんの特集記事(2)が週刊文春に掲載されました。
2016年7月17日 香西咲さんがAbemaTV(みのもんたの「よるバズ!」)に出演されました。
2016年7月20日 香西咲さんのインタビュー記事が、しらべぇに掲載されました。
2016年7月27日 香西咲さんのインタビュー動画が、毎日新聞のWebサイトにアップされました。
2016年7月29日 香西咲さんのインタビュー記事と動画が、毎日新聞のWebサイトに掲載されました。
(引用。A氏による衝撃の回答)
 --出演強要が社会問題化している。事務所の運営や女優との契約について見直しは
 A氏 当然やっていく。今、弁護士と話して、きちんとしていこうとしている

 (A氏は、これまできちんとしていなかったことを認めました。)
2016年8月27日 香西咲さんのインタビュー記事が、弁護士ドットコム(前編)(後編)に掲載されました。
2016年9月17日 香西咲さんがAbemaTV(みのもんたの「よるバズ!」)に出演されました
2016年9月24日 香西咲さんのインタビュー記事が、withnewsに掲載されました。
香西咲さんのツイッター
(香西咲さんの重要ツイート ~2016年7月18日)
 私だって綺麗にリセット出来るならAVデビュー前の私に戻りたい。
 だけど変えられない現状踏まえて立て直したのが今の形。(後略。)

(明日のブログへつづく)



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