香西咲さんと、キルケゴールの実存への三段階

実存主義という思想があります。
当ブログでも過去に何回かふれています。
本日は最初に、この思想の概説をします。

実存とは何か

「真実存在」(現実存在)という語句があります。
これを略したことばが、実存、です。
実存は、現実に存在するもの、と解されます。
これだけではあまりにも漠としています。
具体的に例をだしてのべてみます。

たとえば、道を歩いているときに、木のきれはしと石が落ちていたとします。
関心もなく通り過ぎれば、その2つの物質は、ただの事物にしかすぎません。
違うパターンを考えてみます。
木のきれはしを拾いあげて、これで、靴のかかとについている泥を落としたとします。
このとき、木のきれはしは、道具的存在となります。

人間も同様です。
風景のなかの人物であれば、事物として存在しているだけです。
これとは別に、他人の道具、または手段として存在している場合もあります。
この2つの場合は、実存(真実存在)に該当しません。
自分の意志で生きていないからです。
実存とは、先にあげた木のきれはしや石とは違う存在のしかたです。

実存主義が批判するもの

いまの世の中は、マニュアルが横行しています。
ひとは、枠にはまった定型の行動や思考が求められます。
実存主義はこれを批判します。
人間には、マニュアル化できないものがあると。
それは、内面的な事実、です。
具体的には、
不安、
退屈、
決断、
絶望、
などです。
実存主義は、マニュアルによって平準化され、個性を喪失した人間を嘆じます。
現実の世界には、以下のような存在が横行しています。
自由を失ったひとたち、
他人が生きるように自分も生きるひとたち、
自分は自由なつもりでも実際は他人に動かされているひとたち、
などが。
そのかたたちには、真の自由などありません。

実存主義が求めるもの

3つあります。
1つめは、人間にとって人生は一度きり、ということです。
自己を失わずに主体的に生きることが肝要です。
2つめは、マニュアルに対する冷ややかな視線です。
人間の現実の姿はマニュアルではとらえきれません。
3つめは、自由で個性的に生きることへの渇望です。
無制限ではありません。
際限なくみとめると、個人の社会的活動への関わりを軽視する結果となってしまいます。

実存主義の代表的人物

サルトル、ニーチェ、ハイデッガー、ヤスパース、キルケゴールが著名です。
ちなみに、
サルトル
ニーチェ
ハイデッガー
につきましては、過去のブログで、すでにご紹介をしております。
ご関心のあるかたは、リンク先をクリックしてごらんください。

本日はキルケゴールの思想をとりあげます。
ヤスパースにつきましては、個人的に感じるものがありません。
いつか何かのおりにふれたいと思います。

キルケゴールの思想

キルケゴール(1813年~1855年)は、デンマーク人です。
生涯をこの国ですごしました。
著名な実存主義者です。
ただ、最初から実存的な人間であったわけではありません。
キルケゴールは、どのようにして実存(真実存在)を獲得していったのでしょうか。
それを顧みてみます。

キルケゴールが25歳のときです。
自身はこのとき、前途有望な宗教学者として、数々の著作を上梓していました。
初夏の爽やかな日のことです。
コペンハーゲンの街を歩いていました。
近くで馬車がとまりました。
なかから、一人の女性が降りてきます。
少女でした。
ひたいがいくぶん広い、との印象を受けました。
黒い髪と長いまつ毛に心を奪われました。
キルケゴールは立ち止まり、少女が歩いていく先を確かめました。
気がつくと自分の足は少女のあとを追っていました。
視界のなかにいる相手は、ある店へ立ち寄りました。
なかで品物を手にしては、店員に値段を訊(き)いています。
キルケゴールはウインドー越しからそのしぐさをみつめていました。
これが最初の出会いです。

少女の名前は、レギーネ・オルセンといいました。
当時14歳です。
キルケゴールよりも11歳年下でした。
父親は商工会議所の顧問をしていました。
やがて二人は交際するようになります。
3年後、キルケゴールは結婚を申しこみます。
レギーネは承諾します。
それから1年あまりが経った日のことです。
キルケゴールは一方的に婚約の破棄を通告します。
コペンハーゲンはそれほど広くない街です。
この出来事は街中の噂となりました。
キルケゴールをからかう雑誌も登場しました。
しばらくの間、巷談がやむことはありませんでした。
キルケゴールはなぜ、このようなことをおこなったのでしょうか。
それには理由があります。

キルケゴールがレギーネと出会う前のことです。
偶然、2つの衝撃的な事実を知ってしまいます。
自身の父親は、貧しい羊飼いから出発して、毛織物商人として成功した人物です。
この父が少年のころのことです。
ユトランド半島の荒野で、飢えと寒さのあまりに、神を呪ったというのです。
もうひとつは、母親に関することです。
母は若いころ、父の召使いとして働いていました。
あるとき、父が母を襲い、その結果生まれたのが、キルケゴールだったのです。

自分は罪ある子である
悲嘆しました。
苦しさのあまり、キルケゴールは、歓楽の世界に身をもちくずします。
現実から逃げたわけではありません。
実存(真実存在)を探しだすために、際限のない快楽を追求したのです。
酒、タバコ、麻薬、異性、賭け事など、あらゆるものに手を染めました。
日々、絶えることのない欲望の充足を求めて、さまよいました。
残念ながら、そこには、実存(真実存在)がありませんでした。
いくら快楽に満たされても、残るのは倦怠感とむなしさだけです。
やるせなさが全身をおおいました。

挫折感と絶望感にうちひしがれていたとき、キルケゴールは、レギーネと邂逅(かいこう。思いがけなく出あうとの意味)したのです。
自著でこう書いています。
たった一人のあのひと、天使のようなレギーネ
キルケゴールは、レギーネを愛しました。
享楽の世界から抜け出して、今度は、倫理的に(道徳的に)生きようとしました。
そこにこそ、実存(真実存在)があるはずです。
キルケゴールは、内からの良心の声にしたがって、誠実に生きようと努めます。
自分の脳裏を占領しているのはレギーネの純粋な瞳です。
胸が苦しくてしかたがありません。

フランスの思想家のルターはこのようなことばを残しています。
手を洗えば洗うほどきたなくなる

キルケゴールも同じでした。
倫理的な善を追求すればするほど、こころは乱れます。
自分は罪ある子である
いっとき忘れていた悪がよみがえり、自分のきたなさに我慢ができなくなります。
こうしてキルケゴールは、レギーネとの婚約を破棄したのです。

快楽のなかにも、善を追求する生活のなかにも、実存(真実存在)はありませんでした。
それではどうすれば実存(真実存在)を獲得することができるのでしょうか。
キルケゴールはひとつの答をだしています。
自身だけに通用する実存的な生き方を。
ちなみにぼくは与(くみ)することができません。

重要なのは、いくら快楽を求めても、いくら倫理的なものを求めても、そこには実存(真実存在)がない、ということです。
香西咲さんはこれまで、幾度となく、つらく哀しい思いをしてきたと思います。
これからの人生は長いです。
実存(真実存在)はどこか別のところに存在しているのではないでしょうか。
香西咲さんならば、それをみつけることができると思います。
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2016年7月07日 香西咲さんの特集記事(1)が週刊文春に掲載されました。
2016年7月14日 香西咲さんの特集記事(2)が週刊文春に掲載されました。
2016年7月17日 香西咲さんがAbemaTV(みのもんたの「よるバズ!」)に出演されました。
2016年7月20日 香西咲さんのインタビュー記事が、しらべぇに掲載されました。
2016年7月27日 香西咲さんのインタビュー動画が、毎日新聞のWebサイトにアップされました。
2016年7月29日 香西咲さんのインタビュー記事が、毎日新聞のWebサイトに掲載されました。
(引用。A氏による衝撃の回答)
 --出演強要が社会問題化している。事務所の運営や女優との契約について見直しは
 A氏 当然やっていく。今、弁護士と話して、きちんとしていこうとしている

 (A氏は、これまできちんとしていなかったことを認めました。)
2016年8月27日 香西咲さんのインタビュー記事が、弁護士ドットコム(前編)(後編)に掲載されました。
香西咲さんのツイッター
(香西咲さんの重要ツイート ~2016年7月18日)
 私だって綺麗にリセット出来るならAVデビュー前の私に戻りたい。
 だけど変えられない現状踏まえて立て直したのが今の形。(後略。)

(明日のブログへつづく)



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