香西咲さんの目標が成就することを願っております。「道はすべて通り過ぎた道だ」(アラン)

ここ最近の自分のブログを振り返ってみて、惟(おも)うことがあります。
「ばか」ということばをけっこう使っている、と。
たまに匿名掲示板を一瞥すると、知性と知能の劣るひとたちの落書きが散見されます。
文体が似ているので、同一人物が同じことを書き込んでいるとの蓋然性(がいぜんせい。確実性との意味)はあります。
それにしても、こいつらは、ばか、です。
それ以外の何者でもありません。
そのばかのなかで、最たるものは、青木とかいう輩(やから)でしょう。 
毎日新聞のこの記事を読めば、それが如実にわかります。
 
 2016年7月29日 AV出演強要 香西咲さん「私はこうして洗脳された」

緩慢な受け答えをしています。
頭が悪いのでしょう。
一読して、クロである、といった印象を受けます。
救いようのないばかです。

このようにぼくは、「ばか」という単語を連発しています。
ばかとは、愚人、という意味です。
ただ、このばかですけれども、使いかたによっては、まったく違う別の色調となります。
二律背反です。
最近はあまりにもおかしい存在を目にするので、そちらのほうを忘失していました。
本日は、違う「ばか」について書いてみます。

1964年1月16日の朝日新聞に、ある少女の詩が掲載されました。
投稿したのは、小学校6年生の古田幸(ふるたみゆき)さんです。
当時、東京都杉並区立東田小学校に在籍していました。
詩のタイトルは、「おかあさんのばか」です。
引用させていただきます。
なお、これは孫引きです。

(1964年1月16日 朝日新聞より、引用。)
 おかあさんのばか

おかあさん
のう出血で死んじゃって
ばか
おいにいちゃんは スキーに
おとうさんは 学校に
いっちゃった
みゆきはひとりぼっち
おかあさんのすきな
おもちがとどいたのよ
おかあさんは
おもちをきるのが
とってもじょうずだった
おかあさんのばか

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哀しい詩です。
愛するひとはもういない。
自分の手の届かないところへ行ってしまった。
どんなに想っても求めても、もがいても、二度とそのひとに会うことはできない。
幸(みゆき)さんにとって、このお母さんは、ばかです。
あんなにも好きだったお餅を食べることができなくなってしまったのですから。
みゆきさんも、おかあさんに、そのお餅を切り分けてもらいたかった。
叶わぬこととわかっているのですが、みゆきさんは口にします。
「おかあさんのばか」
と。

中田喜直さんという著名な作曲家がいます。
「おかあさんのばか」の存在を知り、こころを揺り動かされました。
友人の磯部俶さんを誘って、二人で詩に曲をつけました。

(参考。大阪大学男性合唱団 第53回定期演奏会 男性合唱組曲「おかあさんのばか」より -語り

(参考。大阪大学男性合唱団 第53回定期演奏会 男性合唱組曲「おかあさんのばか」より -歌

詩の所載から9年が経ちました。
1973年1月19日のことです。
朝日新聞に「ひととき」という欄があります。
ここに古田幸(ふるたみゆき)さんの近況が載ります。
幸(みゆき)さんは20歳になっていました。
そのときの文章を引用させていただきます。
なお、これは孫引きです。

(1973年1月19日 朝日新聞「ひととき」より、引用。改行を施しています。)

<古田幸さん>
上野の文化会館で行われた成人式に出席した私は、まず小平霊園に眠る亡き母にきょうのことを報告しました。
そして、雪のちらちら降る霊園の小道を歩きながら、私の20年間の生涯をふりかえってみました。
父よりも体格がすぐれ、しかも水泳の選手であった母は、私の小学校6年生の時、区民水泳大会に出場して脳溢血でなくなりました。
やせて、さびしがりやの父は、それからというものは、再婚もせずに小学校の先生の仕事に魂をうちこんでいます。
けさ、成人式に出かけるとき、両親の仲人さんからいただいた晴着をきて、私が玄関で、
「いってきます」
というと、父は私の頭のてっぺんから足の先までしげしげとながめながら、
「よかったね」
といってくれました。
たったひとことでしたが、私には、父の心の中がよくわかりました。
あつがりで、寝つきの悪かった私を、遠くの公園まで毎晩のようにだっこしていき寝かしてくれた父、母が死んださびしさをまぎらわすため、クラスの子どもたちの文集の原紙を毎日切っている(原稿を毎日書き写している)父。
私が大学生になってからは、夕食のしたくを父にやってもらうことが多くなったが、いやな顔しないで、暖かいものをつくって待っていてくれる。
日曜日には、必ずトイレの掃除をする父。
(略)ときたま私が「温泉にでもいってきたら」というと、「そうだね」と余り気がむかないようです。
父は小学校の1年生と遊んでいるときが一番楽しいかもしれません。
母がわりに、きょうまで育ててくれたおとうさん、ありがとう。

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2004年に、「おかあさんのばか ―細江英公人間写真集」(窓社)という本が上梓されました。
古田幸(ふるたみゆき)さんが小学校6年生のときに書かれた詩と、当時のご自身の写真が掲載されています。

ここから先を書こうか書くまいかで、先ほどから躊躇(ためら)っています。
小一時間、逡巡しています。
思いきって書きます。

(再掲。「おかあさんのばか」)

おかあさん
のう出血で死んじゃって
ばか
おいにいちゃんは スキーに
おとうさんは 学校に
いっちゃった
みゆきはひとりぼっち
おかあさんのすきな
おもちがとどいたのよ
おかあさんは
おもちをきるのが
とってもじょうずだった
おかあさんのばか

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数年前、ぼくも、幸(みゆき)さんと同じ心境になりました。

香西咲さんのばか。
どうしてあんな世界へ行ってしまったんだ-

もうもどってこられないような気がしました。

2年前、香西咲さんは、一時、休養をなさいました。
ぼくは期待しました。

儚い夢でした。

2016年7月7日、週刊文春によって、香西咲さんがなぜあの世界へ行ったのかが明らかとなりました。
(ぼくがすべての記事を読んだのはそれからしばらく経ったあとのことです。あのときは読む勇気がありませんでした。)

香西咲さんは騙された-
犯罪者たちによって、人生を破壊された。
あいつらに蹂躙された。
ぼくの頭のなかは、このことでいっぱいとなりました。

その後、ぼくは、香西咲さんのツイッターを1年半ぶりに訪問しました。
香西咲さんは常に前を向いて生きておられます。
そのことがわかりました。

(アランの「幸福論」(岩波文庫)から、引用。『絶望について』の章の191ページ。改行を施しています。)

しかし、道はすべて通り過ぎた道だ。
ひとはまさしくいる所にいるのだ。
時間という路上では、後もどりすることも、同じ道を二度行くこともできないのだ。

そのとおりです。
過去に拘泥してもしかたがないのです。
「道はすべて通り過ぎた道」なのです。

香西咲さんは来るべき未来に向けて、確固たる目標をたてています。
それが成就することを願っております。

同時に、香西咲さんの尊厳を踏みにじったやつらが国家の手によって処罰される日がくることを待ち望んでおります。
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2016年7月07日 香西咲さんの特集記事(1)が週刊文春に掲載されました。
2016年7月14日 香西咲さんの特集記事(2)が週刊文春に掲載されました。
2016年7月17日 香西咲さんがAbemaTV(みのもんたの「よるバズ!」)に出演されました。
2016年7月20日 香西咲さんのインタビュー記事が、しらべぇに掲載されました。
2016年7月27日 香西咲さんのインタビュー動画が、毎日新聞のWebサイトにアップされました。
2016年7月29日 香西咲さんのインタビュー記事が、毎日新聞のWebサイトに掲載されました。
(引用。A氏による衝撃の回答)
 --出演強要が社会問題化している。事務所の運営や女優との契約について見直しは
 A氏 当然やっていく。今、弁護士と話して、きちんとしていこうとしている

 (A氏は、これまできちんとしていなかったことを認めました。)
2016年8月27日 香西咲さんのインタビュー記事が、弁護士ドットコム(前編)(後編)に掲載されました。
香西咲さんのツイッター
(香西咲さんの重要ツイート ~2016年7月18日)
 私だって綺麗にリセット出来るならAVデビュー前の私に戻りたい。
 だけど変えられない現状踏まえて立て直したのが今の形。(後略。)

(明日のブログへつづく)



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