戦争について(4)~香西咲さんの能動的な生き方と、洗脳者たちの愚かしさ

これまで、国民が戦時中に受けた精神支配についてふれてきました。
かつて日本人は、子どものころから、洗脳されてきました。
場所は学校です。
実施者は教師です。
教師は上からいわれるままに、生徒に対して、歪んだ世界観を強いました。
本日は、二人の当事者の証言をご紹介します。

(冬樹社刊「女も戦争を担った」川名紀美著より、引用。これは孫引きです。)

 飯田喜久代さんの場合(改行を施しています。)

真珠湾攻撃で戦死した飯田房太大尉を「永遠の恋人」として想い続け、戦後、房太さんのいとこと結婚。
私立高校の教師を23年間続けている。
この間、300人の教え子を自衛隊に送り、若い隊員たちを手料理でもてなすのが生き甲斐である。

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<飯田喜久代さん>
裏切られたの、だまされたのという人がいますがね、そういうのを聞くと腹がたって腹がたってしかたなかったですね。
自分たちの力が及ばなかっただけで、誰を責めることもできんですよ。
とにかく、わたしたちは戦争に勝つ、そのためにどんなことでもがまんするのが国民として最高最善の生き方と教えられたんですからね。
私なんか硬派でしたからね。
一つの目的のためにできるだけのことはやりました。
食べずにがんばったですよ。
友だちを奮いたたせながらね。
最高最善の生き方ができたと私自身は思っとります。
いまの人に最高最善の生き方はなにかって聞いてごらんなさい。
答が出んでしょうが。
国民があれだけ命を燃やした時代は、もう来ないでしょうね。
二度と。
とにかく日本を守るんだちゅうて、赤ん坊から老人まで必死になったんですからね。
こういう命の燃焼は二度と来ないでしょうよ。
考えてみれば、わたしたちも戦争犠牲者なんですよ。
戦後の農地改革で土地は取られてしまう。
兄たちは二人ともビルマとニューギニアでそれぞれ戦死してしまう。
両親はもう、半狂乱でした。
確かに被害者ですけどね。
これだけの犠牲を払ったんだから、逆に国は守らなくちゃいけないと思うんですよ。

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インタビュー記事を読んでみて感じるのは、教員もまた、洗脳の被害者であった、ということです。

飯田喜久代さんはこうおっしゃっています。

「裏切られたの、だまされたのという人がいますがね、そういうのを聞くと腹がたって腹がたってしかたなかったですね」
「誰を責めることもできんですよ」
「わたしたちは戦争に勝つ、そのためにどんなことでもがまんするのが国民として最高最善の生き方と教えられたんですからね」
「一つの目的のためにできるだけのことはやりました」
「最高最善の生き方ができたと私自身は思っとります」
「国民があれだけ命を燃やした時代は、もう来ないでしょうね」
「こういう命の燃焼は二度と来ないでしょうよ」

(飯田喜久代さんのことばを再掲。)
どんなことでもがまんするのが国民として最高最善の生き方と教えられた

ぼくはこれをよんで、つぎのことばを想起しました。

香西咲さんのTwitter(2014年7月3日)より、引用。

みんなに指摘された通り、
今までの私は自分を大事にしてきませんでした。
辛い事も理不尽な事も全部自分が我慢すれば良いと思ってました。
自分で自分を痛めつけてました。
それじゃいけないって気づいたのは本当に最近です。
これからは自分を労わります。

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何事も、我慢することが大事-
そう信じこませることが、洗脳をおこなうひとたちの最大の目的なのでしょう。

(飯田喜久代さんのことばを再掲。)
一つの目的のためにできるだけのことはやりました

飯田さんは教師です。
生徒に対して、一つの目的のためにできるだけのことをやれ、と反復したのかもしれません。

(2016月7月20日 しらべぇ「香西咲さんのインタビュー記事」より、引用。)

デビューする前、私には、「美容雑貨店を経営する」という夢がありました。
前の事務所の責任者は、
「その夢を叶えたいなら、俺だったらAVに出る。中国からの投資を受けられるかもしれない」
などと執拗に説得してきました。
週3~5日は彼らと過ごし、
「俺たちは家族だから」
と、AV出演に反対する人たちとは関係を切るように迫られたんです。
当時、同棲していた彼氏とも別れ、引越し費用もプロダクションが出しました。

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(飯田喜久代さんのことばを再掲。)
こういう命の燃焼は二度と来ないでしょうよ

自分の人生を犠牲にすることが、命の燃焼なのでしょうか。
ぼくには理解できません。

香西咲さんのTwitter(2014年9月21日)より、引用。

自分を犠牲にして何かをやり通しても、そこに本当の幸せはないよね
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 板倉三重さんの場合(改行を施しています。)

戦争中、軍国主義教育の先頭に立って豆兵士づくりに励んだ「もと教師」である。
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<板倉三重さん>
私という人間はまったく単純というかバカ正直というか、結局、ものの考え方の基本が確立していなかったんだと思いますの。
いわれたことを、こどもたちに押しつけるだけ。
でもね、こんなことをいうと弁解になりますけれど、学校というところは文部省と軍の考えが直通で入ってきましてね。
なにしろ思想教育の中心になる場所でしょ。
いつの間にか没入してしまったんですの。
そうですねぇ・・・・・・。
自分の置かれている立場や、仕事に熱中する性格なんですね。
環境にすっぽりはまりこんで
まわりが見えなくなるというか・・・・・・。
ですから、戦後、南京大虐殺について知ったとき、大変ショックでしたよ。
もし私が男で、天皇の命令だなんていわれたら、おそらく私もやったんじゃないでしょうか。
軍国主義者の先頭に立っていたということを考え合わせますとね。
それまで女に生まれたことがいやでいやでしょうがなかったんですけど、あのとき男じゃなくてよかった、としみじみ思いましたですよ。
男だったらきっとやってました。

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戦争が終わり、勤めていた学校に、東京大空襲で両親と兄弟をいっぺんに失い、川口市のおじさんの家にひきとられていた小川玉子が編入してきた。
その玉子が亡き母を慕う作文をみんなの前で読みあげた。
どの子の目にも、涙がふくれあがっていた。
三重さんの目からも、あとからあとから涙が流れた。

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<板倉三重さん>
自分の立っている教壇が、ガタガタと音をたてて崩れていくのを感じた。
玉ちゃん、ごめんなさい!
教室のみんなもごめんなさい!
私にも、この私にも戦争を起こした責任があるの。
軍国主義の教育を、戦争をおし進めるような教育を、何の疑いもなくしてきたんですもの。

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心の中で叫びつづけた三重さんであった。
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戦争とは悲惨なものです。
その真実を悟ったとき、板倉三重さんの洗脳がとけたのです。
板倉三重さんはとてもまじめなかたでした。
そのため、より洗脳されやすかったのかもしれません。

(板倉三重さんのことばを再掲。)
単純というかバカ正直
自分の置かれている立場や、仕事に熱中する性格
環境にすっぽりはまりこんで
まわりが見えなくなる

香西咲さんは、洗脳の被害者です。
犯罪者たちによって人生をめちゃくちゃにされました。
それなのに、人生を能動的に生きておられます。

香西咲さんのTwitter(2016年8月17日)より、引用。

自分の意見はどんどん主張して行かないと、良い様に使われるだけですからね
競争の激しい場所では特に。
『こいつ面倒臭い(扱いにくい)奴だな?』と思われてるくらいがちょうど良い、
と未熟な人生経験から悟りました。

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安堵させられます。
すくわれる思いです。
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2016年7月07日 香西咲さんの特集記事(1)が週刊文春に掲載されました。
2016年7月14日 香西咲さんの特集記事(2)が週刊文春に掲載されました。
2016年7月17日 香西咲さんがAbemaTV(みのもんたの「よるバズ!」)に出演されました。
2016月7月20日 香西咲さんのインタビュー記事が、しらべぇに掲載されました。
2016月7月27日 香西咲さんのインタビュー動画が、毎日新聞のWebサイトにアップされました。
2016月7月29日 香西咲さんのインタビュー記事が、毎日新聞のWebサイトにアップされました。
(引用。A氏による衝撃の回答)
 --出演強要が社会問題化している。事務所の運営や女優との契約について見直しは
 A氏 当然やっていく。今、弁護士と話して、きちんとしていこうとしている

 (A氏は、これまできちんとしていなかったことを認めました。)
香西咲さんのツイッター
(香西咲さんの重要ツイート ~2016年7月18日)
 私だって綺麗にリセット出来るならAVデビュー前の私に戻りたい。
 だけど変えられない現状踏まえて立て直したのが今の形。(後略。)

(明日のブログへつづく)



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