香西咲さんのことを考えると「あゝ野麦峠」が頭を過ぎります

現在、某業界の悪行が囂しい(かまびすしい。騒がしいとの意味)です。
正直いって、この世界は、廉潔(れんけつ。心や行いが正しいとの意味)ではありません。
一番の問題点は、女性を消耗品としてあつかっているところではないでしょうか。
報道等に接していますと、100年以上も前の「あゝ野麦峠」の時代が想起されます。
あれからもう、1世紀以上も経過しています。
現況を鑑みると、日本という国は基本的に何も変わっていないのかもしれません。
暗澹(あんたん)たる気分になります。

本日は、「あゝ野麦峠」の時代を振り返ってみたいと思います。
参考文献は、以下のとおりです。

 ・角川文庫刊「あゝ野麦峠」(山本茂美著)
 ・岩波文庫刊「女工哀史」(細井和喜蔵著)
 ・岩波ジュニア新書刊「メイド イン 東南アジア」(塩沢美代子著)
 ・農文協刊「昭和ひとけたの 時代」(近藤康男著)

高校生ぐらいのときに読んだ本もあります。
本日、本棚の奥から引っぱりだしてきました。
なお、引用の箇所につきましては、リライトを施しているところもあります。

(「あゝ野麦峠」より引用。)                     
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午前(朝の)4時。ボイラーに火がはいる。      
「起床!!」                              
4時30分。                             
工場内は、ウワーという声がおこり、火事場のようなざわめきに変わる。
いっせいに人の波が工場内へ流れこんでいく・・・・・・
それが日課であった。      
「おはよう」もなければ、「こんにちは」もない。
そんな挨拶をしている時間は彼女らにはないのであろう。                        
「こらこら!! なにをねぼけているんだ!」                
検番のどなる大声が響きわたる。
「ここをどこだと思っているんだ。寝ぼけているやつは水をぶっかけるぞ!」
ここのところ毎晩10時まで作業が続いたため工女の疲れはとれず、生産能率はガタ落ちしていた。
          
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100年以上も前の、ある紡績工場の一場面です。
紡績とは、糸をつむぐ、という意味です。
工場では、原料の繭(まゆ)から、生糸(きいと)を生産していました。

紡績工場で働く労働者は、女性の割合が高く、全体の75%を占めていました。
この女性たちを「工女」、または「女工」と呼びました。
工女たちの大部分は20歳未満です。
14歳未満の労働者も1割半程度存在していました。
当時、日本は、輸出産業の要(かなめ)として、紡績産業の振興に力をそそいでいました。

工女たちの一日の労働時間は、12時間から15時間です。
繁忙期には、上述した例のように、17時間半という長きにわたって酷使されることもありました。

女性たちには、休憩や休息時間がほとんどあたえられませんでした。
あわせて、40分から50分程度だったようです。

徹夜で働かされるときもありました
石原修さんという医師が、深夜業の実態を調べたことがあります。
深夜業の週には工女たちの体重が減っている、との報告が残っています。

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(女工小唄より。)
「工場づとめは監獄づとめ 金(かね)のくさりがないばかり」
                                     
(「あゝ野麦峠」より引用。リライトしてあります。)                     
「なに?具合が悪いって!? ふざけるんじゃないよ!!」
検番は、そう言いながら、一人の工女の台に近づいていった。
「よし、病気ならオレがすぐなおしてやる、立て!!」
検番は語気荒々しく工女の胸元をつかむと、激しい平手打ちが続けざまに頬に とんだ。
「ヒーッ」
という悲鳴とともに髪がくずれた。
髮の毛にさしていたクシが折れて3、4メー トルも飛び、工女はぬれた床板の上に倒れた。
そばで働いていた2人の工女がみかねて検番を止めようとしたが、この2人も また平手打ちをくって引きさがった。
「よく覚えておけ!おまえらの病気にはこれが一番きくんだ」
と、検番は叫んだ。
                            

(女工小唄より。)
「工場は地獄よ 主任が鬼で まわる運転 火のくるま」                                  

(「女工哀史」より引用。リライトしてあります。)
西原イクという工女が、深夜業のときに居眠りをしたので罰をあたえられた。
頭がうまるほど篠巻を持って立たされた。
主任は無責任にも、彼女に直立を命じておきながら、自分は休憩に出ていってなかなか帰らないのであった。
彼女は正直にも重たい篠巻を持って言われるままにしていたが、その手は自然とたれ下がった。
するとそこへ休憩時間を倍も過ごした主任が帰ってきて、
「なんやお前、そんな横着な持ちかたして!」
と叱るが早いか、彼女の頬を一つ殴った。
それでなくとも、十分疲れている彼女は、殴られた勢いに体がふらついて、思わず持っていた篠巻を落とした。
すると、その2、3本が主任の足にあたった。
重いうえに、両端には金属がついているから、そうとう痛い。
主任は怒った。
そして、いきなり彼女を突き飛ばしたのであった。
そのとき、恐ろしいことがおこった。
彼女が突き飛ばされたところは、ちょうど歯車がまわっていた。
魔のような歯車は、彼女をかみ殺してしまった。
人には、彼女の不注意で死んだと伝えられた。
            
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このように、当時の工女たちは、病気やわずかな誤謬(ごびゅう。誤りの意味)で殴られたり、命を奪われました。

このため、逃げる工女たちが続出します。
「あゝ野麦峠」には、
鳥の鳴かない日はあっても工女の逃げない日はなかった
と記されています。

いざ工場を飛び出してみたものの、故郷へ帰るだけの金銭は所持していません。
追いつめられ、絶望した女性たちは、死を選びます。

(「メイド イン 東南アジア」より引用。)
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工場の周りの湖は、身を投げる工女の死体で、湖の底が浅くなったといわれました。
鉄道の踏切には、自殺防止の立て札まであらわれました。

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ある日のことです。
工場の機械が突然、止まりました。
当時の動力源は、水車です。
係員が湖へ行ってみると、水車に、工女の死体がからみついていました。
その女性(16歳)は、つぎの遺書を残していました。

(「あゝ野麦峠』より引用。)
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借金がまだ終わらず、申し訳ありません。
親不幸をお許しください。
私の体はもうだめです。さようなら。スズ

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工場側は、逃亡を防ぐための方策を講じます。
これが酷烈なのものでした。
つづきは明日のブログでご紹介をします。
この文章を書いている間ずっと、つぎの文言がぼくの頭のなかを支配していました。

香西咲さんのTwitter(2016年6月27日)より、引用。

アットハニーズ(会社解散済)青木亮に飼い殺しにされてる時は毎日死にたくてたまりませんでしたよ。
(後略。)

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香西咲さんのTwitter(2016年7月12日)より、引用。

私は前の事務所に洗脳され、枕影響迄されられてたんですよ?
苦肉の策として独立して今こうしてAV女優活動をしてる事の何が悪いのですか?
(後略。)

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香西咲さんのTwitter(2016年7月13日)より、引用。

契約書を縦に止めさせてもくれない、
かと言って事務所に居続けたら、
V撮影と性接待(勿論金銭のやり取りなし)に都合良く使われて青木亮に飼い殺しになる…本気で死にたかった。
あの頃の私はトラックに突っ込んで欲しかった。

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2016年7月07日 香西咲さんの特集記事(1)が週刊文春に掲載されました。
2016年7月14日 香西咲さんの特集記事(2)が週刊文春に掲載されました。
2016年7月17日 香西咲さんがAbemaTV(みのもんたの「よるバズ!」)に出演されました。
2016月7月20日 香西咲さんのインタビュー記事が、しらべぇに掲載されました。
2016月7月27日 香西咲さんのインタビュー動画が、毎日新聞のWebサイトにアップされました。
2016月7月29日 香西咲さんのインタビュー記事が、毎日新聞のWebサイトにアップされました。
(引用。A氏による衝撃の回答)
 --出演強要が社会問題化している。事務所の運営や女優との契約について見直しは
 A氏 当然やっていく。今、弁護士と話して、きちんとしていこうとしている

 (A氏は、これまできちんとしていなかったことを認めました。)
香西咲さんのツイッター
(香西咲さんの重要ツイート ~2016年7月18日)
 私だって綺麗にリセット出来るならAVデビュー前の私に戻りたい。
 だけど変えられない現状踏まえて立て直したのが今の形。(後略。)

(明日のブログへつづく)



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