実名で出演強要を告白した香西咲さんにつづくひとはいないのでしょうか

香西咲さんのTwitter(2016年7月18日)より、引用。

私だって普通の女性に戻りたい気持ちもあります。
でも今誰も顔を出せない、名前を上げて意見を言えない
私は微力ながらこの問題に尽力し、それから女性の性環境を整えてこの業界を去ります。

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香西咲さんの憂愁や、もどかしさが伝わってきます。

週刊文春WEB(2016.07.07)より引用。)

香西氏は2011年10月にAVデビューしているが、当初はイメージビデオの撮影だと説明されていた。だが、組織的な“脅迫”や“洗脳”、“囲い込み”など手の込んだやり方で追い詰められ、香西氏は出演せざるを得なくなってしまった。

ちなみに、この犯罪行為を中心となっておこなった輩(やから)が、
(引用)
かつての所属事務所「マークス(後にマークスインベストメントと社名変更)」の青木亮社長
です。

青木という犯罪者はかつて、香西咲さんをこの業界へ拉致しました。
その後、邪悪な策を弄して心理的な拘束をおこない、搾取と蹂躙の限りをつくしたのです。
青木は、香西咲さんの従順な奉仕によって、悦楽の日々をおくることができました。
我が世の春を謳歌したことでしょう。

現在、この業界は揺らいでいます。
世の中のひとびとは清白さを強く求めています。
変革を迫っています。
刷新を願う市井(しせい。普通のという意味)の人たちにとっては、青木はある意味、功労者に映るかもしれません。
魑魅魍魎(ちみもうりょう)が跋扈(ばっこ)する世界に、香西咲さんをかどわかして(子供や女などをむりやり、または、だまして他に連れ去るの意味)、連れ込んだのですから。
もちろんこれは、アイロニー(逆説、皮肉)です。
本来このような世界にくるはずがない香西咲さんは、高い倫理観をもちあわせた人物でした。
青木の悪事をみすごすことはしませんでした。
香西咲さんは今回、これまで誰もがなしえなかったことをおこなったのです。
この業界における出演強要の実体を実名で告発するということを。

(再掲)
今誰も顔を出せない、名前を上げて意見を言えない。

香西咲さんのおっしゃられるとおりですが、2016年6月12日のときよりは、少しだけ前に進んでいると考えます。
「産経ニュース」2016年6月12日版より引用。)

経営していた芸能事務所に所属していた女性を、実際の性行為を含むアダルトビデオ(AV)の撮影に派遣したとして、警視庁が11日、労働者派遣法違反容疑で、大手AVプロダクション「マークスジャパン」(東京都渋谷区)の40代の元社長ら同社の男3人を逮捕したことが、捜査関係者への取材で分かった。
女性が「AV出演を強いられた」と警視庁に相談して発覚した。

逮捕容疑は平成25年9月ごろ、マークス社に所属する女性を、みだらな行為を含む撮影のためAVメーカーに派遣したとしている。
複数の女性が類似の相談をしており、メーカー側も女性が嫌がっていることを知った上で撮影していたとみられる。

警視庁はマークス社やグループの「ファイブプロモーション」(同)を家宅捜索。
メーカーの「CA」(港区)、「ピエロ」(練馬区)も捜索した。

この逮捕の報道のときには、女優さんたちからの反発の声がいくつかあったといわれています。
今回の香西咲さんの場合は、表向き、このような非難はありませんでした。
人徳です。
おそらくみなさん、香西咲さんのひととなりをご存じなのでしょう。
あの清廉な香西咲さんが不穏当な言辞を弄ろうするはずがない、と誰しもが感じたと思惟します。

女優さんたちは、「今誰も顔を出せない、名前を上げて意見を言えない」のでしょうが、今後、事態が変わることも予想されます。

香西咲さんのTwitter(2016年7月7日)より、引用。

私の様なしがない1人のAV女優が
大好きな業界の未来の為に出来る事として、
新たな判例を作る事だと思っています。
AV関連の裁判は判例が少なすぎます。
グレーゾーンなのも理解しています。
弁護士の先生でさえ面倒臭がる方も多数。

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裁判の結果、悪徳事務所の悪行が断罪されれば、その後、香西咲さんにつづくひともでてくるのではないでしょうか。
「勝ち馬に乗る」(勝負事に勝った人、事業などで成功した者、力のある人の側について恩恵を受けるとの意味)ということばもあります。
香西咲さんはいま、未曾有の所作にとりかかろうとしています。

ここで、ある裁判についてご紹介をします。
最初に断っておきますが、以下のはなしは、香西咲さんとはまったく関係がありません

富山県に、婦中町(ふちゅうまち)という米の産地があります。
戦後、この町で、骨がもろくなる原因不明の奇病が頻繁に発生していました。
この病気は出産経験のある中高年の女性に多くみられました。
患者のなかには、70か所以上も骨折しているかたがいました。
イタイイタイ病です。
当時、この病気の解明に乗り出したのが、地元で医院を開業していた萩野昇さんです。

萩野さんは、イタイイタイ病に罹患した患者の家が、神通川の中流域に集中していることに気づきました。
40kmほど先の上流には、三井金属神岡鉱業所があります。
この鉱山の廃水が原因ではないか、と考えました。

三井金属神岡鉱業所は、鉛や亜鉛を大量に生産しています。
廃水は常時、神通川へ流していました。
萩野さんは患者の骨の分析をおこないました。
鉛や亜鉛のほかに、カドミウムの数値が異常に高いことがわかりました。
カドミウムは亜鉛を精錬するときにでる副産物です。

1961年、萩野さんは、イタイイタイ病に関する研究成果を発表します。
この病気の原因は、三井金属神岡鉱業所が廃水として流しているカドミウムである、と。
この説は、ほかの学者たちから冷笑されました。
ただ、婦中町のひとたちは、理解しました。

小松義久さんという、婦中町で農家をしているかたがいます。
小松さんは祖母をイタイイタイ病で亡くし、母もまたこの病気で苦しんでいました。
あるとき、意を決した小松さんは、他の患者とその家族に対して、いまわたしたちが団結して立ち上がりませんか、と訴えました。
熱意もむなしく、すぐに拒否されます。
米がカドミウムに汚染されているというレッテルがはられると、誰も買ってくれなくなる、というのがその理由です。
小松氏は何度も、説得に参じました。
そのたびに怒鳴られました。
帰ってくれと。
それでも小松さんは諦めませんでした。
やがて、根負けした人々は、協力することを約束しました。

1966年、小松さんを会長とするイタイイタイ病対策協議会が結成されました。
結成から半年後、小松さんたち被害者家族の30人が、三井金属神岡鉱業所へ交渉にいきます。
ようやく会ってくれた担当者は、つぎのようなせりふを口にしました。
もしも、政府や裁判所が、三井に責任がある、とおしゃるのでしたら、このように暑いなかをわざわざおいでにならなくても、こちらから補償にまいります。
天下の三井でございます。
逃げも隠れもいたしません、と。

窮地におちいっていた小松氏のところへ、東京から、弁護士の島林樹さんがたずねてきました。
島林さんは地元の婦中町の出身です。
弁護士となってまだ1年ほどでありましたが、病に苦しむ人の手助けをしたいと思いやってきたのです。

島林さんがのちに語ったことばです。
先のことはみえませんでしたが、被害をこのまま放置してはいけないと強く感じたのです。

被害者住民の集会で、島林さんが力説しました。
このようなひどい公害を許してはいけません。
裁判でたたかいましょう、と。
東京にもどった島林さんは、弁護士仲間に呼びかけて、協力を要請しました。
全国から20人ほどの弁護士が協力を申し出ました。

1968年、弁護士たちと、被害者住民たちとの初会合が催されます。
住民たちが弁護士に対して、質問をぶつけました。
「大企業を相手にしての裁判で、勝ち目があるのか?」
「裁判が長期化して、患者は皆、死んでしまうのでは?」

経験の浅い若手弁護士たちは、返答に窮しました。
集会の雰囲気は、重苦しいものとなりました。
このときです。
住民代表の小松さんが、口を開きました。
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訴訟をおこせば、米が売れなくなるとか、嫁がこなくなるとかいう、抵抗感は根強い。
仮に、三井との裁判に敗れることがあれば、わたしたちは地元にいることができなくなるでしょう。
先祖代々の戸籍を持って町を出なくてはならない。
でも、子供や孫の将来のためです。
そのために、いま、わたしたちが裁判をやるしかないでしょう。
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小松さんのことばに、会場の空気は一変しました。
このとき、三井に対して損害賠償の訴えを起こすことが、満場一致で可決されたのです。

ちょっと長くなりました。
つづきは明日のブログへまわしたいと思います。

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2016年7月07日 香西咲さんの特集記事(1)が週刊文春に掲載されました。
2016年7月14日 香西咲さんの特集記事(2)が週刊文春に掲載されました。
2016年7月17日 香西咲さんがAbemaTV(みのもんたの「よるバズ!」)に出演されました。
2016月7月20日 香西咲さんのインタビュー記事が、しらべぇに掲載されました。
香西咲さんのツイッター

(明日のブログへつづく)



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