悪徳事務所が香西咲さんにおこなった強要と脅迫はフラッシュバックさせるほど凄まじいものだった

監禁下で、強要や脅迫行為を受けたら、ひとはどうなるのか。
本日も、昨日に引きつづき、このことについて考えてみます。
ご紹介するのは、氷見(ひみ)事件です。

 氷見(ひみ)事件

2002年の1月から3月にかけて、富山県の氷見(ひみ)市で、女性が襲われる事件が2件、発生しました。
被害者は、18歳と16歳の少女です。

まもなくして、警察は、氷見(ひみ)市に住んでいるタクシー運転手の柳原浩さん(40歳)から、任意で事情をききます。
被害者からの証言があったためです。

柳原さんは、否認します。
見当違いもはなはだしいと。
ところが、7日目後、容疑を認めます。
警察は柳原さんを逮捕しました。

実は、柳原さんですが、昨日ご紹介をしました免田栄さんと同じく、犯人ではありません。

逮捕後、柳原さんは、
検察官、
勾留(こうりゅう)質問の裁判官、
接見した弁護士に対して、
犯行を否認しました。
「私はやっていない」
と。

ところが、警察の取り調べがはじまると、これを翻します。
「私が犯人です」
と。

裁判になりました。
公判のなかで柳原さんは、終始、自分の罪を認めます。
富山地方裁判所の高岡支部は、懲役3年の刑を言い渡しました。

柳原さんは2年間の服役後、2005年1月に、刑期を1年ほど残して仮出所します。
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2006年の11月のことです。
柳原さんが仮出所してから、1年10か月が経っていました。
鳥取県で、大津英一という人物が、強制わいせつ事件で逮捕されました。
取り調べのなかで、大津は、氷見(ひみ)市の事件は2つとも、自分が犯したものと自供します。

それから2か月後のことです。
警察と検察は、柳原さんの逮捕は誤りであったことを認めました。
両機関はその後、柳原さんに謝罪します。

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以上が事件の概要です。
なぜ、柳原さんは、自白したのでしょうか。
読売新聞の記事を引用します。
(2007年11月14日版より。一部リライトしています。)
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 無実なのになぜ容疑を認めたのか?

警察に、「おまえの家族が(犯行は)間違いないからどうにでもしてくれと言ってる」
と言われ、見捨てられたと思った。
死んだ母の写真を持つように言われ、
「母さんにやってないと言えるのか、母さんが泣いてるぞ」
と言われ続けた。

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 逮捕後、地検と裁判官には否認したが?

やっていないと否認したが、氷見署に戻ると、
「何を言ってるんだ、ばかやろう」
と怒鳴られた。
白紙に、今後ひっくり返すようなことは一切言いません、氷見警察署長殿、と書くように言われ、名前を書いて指ではんこを押した。

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 公判でも一貫して認めたが?

裁判の前に面会に来た家族から父が死んだと聞かされ、何も考えることができなかった。
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 判決を聞いた気持ちは?

やってもいないのに懲役3年を言われて、心の中で悔しい思いでいっぱいだった。
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 服役中は何を考えていたのか?

まじめにやっていればすぐに出られると思った。
それだけだった。
仮出所後、世間の冷たい視線を感じ、死のうと思ったが、父の「死ぬな」という声が聞こえ、思いとどまった。

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 警察から無実だったと言われた時の気持ちは?

最初は訳がわからなかった。警察はただ頭を下げればいいという感じに見えた。
「うち(警察)にも非があるが、あんたにも非がある」
と言われ、頭に血が上り、
「こういう状態にしたのはあんたたちだ」
と叫んだ。

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 再審開始が近く決まるとみられるが?

早く終わってほしい。
あの裁判所には行きたくない。

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その後、再審がおこなわれ、柳原さんは無罪となりました。

柳原浩さんは現在、どのようにすごされているのでしょうか。

(参考。北日本放送制作「陽炎 えん罪被害の闇」―氷見事件
無罪となったあと、柳原さんは、地元の富山県で職を探しました。
合計で25の企業を受験しましたが、すべて不採用です。
2011年に東京へでてきました。
現在は、生活保護を受けながら、東京のアパートで一人暮らしをしています。

いまでも、当時の厳しい取り調べがフラッシュバックするといいます。
あのときの取調官は、柳原さんに対して、拳を突き出して威嚇しました。
その取調官の姿が脳裏から消えることはありません。
悪夢から逃れるに、いまは、精神安定剤に頼っています。
医者からは、心的外傷後ストレス障害(PTSD)、と診断されました。

柳原さんも、昨日の免田さんも、多額の補償金を得ましたが、これによってこころの傷が消えることはありません。

週刊文春WEB(2016.07.07)より引用。)

香西氏は2011年10月にAVデビューしているが、当初はイメージビデオの撮影だと説明されていた。だが、組織的な“脅迫”や“洗脳”、“囲い込み”など手の込んだやり方で追い詰められ、香西氏は出演せざるを得なくなってしまった。

ちなみに、この犯罪行為を中心となっておこなった輩(やから)が、
(引用)
かつての所属事務所「マークス(後にマークスインベストメントと社名変更)」の青木亮社長
です。

柳原浩さんも免田さんも、短期間の強要と脅迫で、自分の意に反することをいわされました。
香西咲さんの場合はこのような短期間ではありません。
長期に渡って、
(引用)
組織的な“脅迫”や“洗脳”、“囲い込み”など手の込んだやり方で追い詰められ」たのです。

香西咲さんのツイッター(2016年6月13日)より、引用。

ごめんなさい、 胃が痛いから仕事までちょいとお休みします。 昨日過去の事を洗いざらしに話してたらフラッシュバック現象が…
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香西咲さんのツイッター(2016年6月15日)より、引用。

明日から4日間出張なのですがまだ準備が… フラッシュバックしたので念の為病院は行っておきました。 いつかトラウマから開放される日はくるのかな?
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香西咲さんのツイッター(2016年6月23日)より、引用。

私が独立してまで業界に戻ってきたのはそこ!同じ被害者も出したくないし、メーカー制作女優…皆が納得して同じ方向を目指し良い物を作って行きたい。後の私は女優、一般女性のサポートに徹したい。だからフラッシュバックが酷くても今が踏ん張り所。
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香西咲さんのツイッター(2016年6月23日)より、引用。

さて、明日は恐怖のリハビリです。 傷を負ったときはもちろん、 リハビリ期間もめっちゃ辛い。 フラッシュバックだらけ。 でもこれを乗り越えないと治らない。 頑張ります! おやすみなさい(*´ω`*)?
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香西咲さんをいまでも苦しめている犯罪者たちをこのまま野放しにしておいていいのでしょうか。

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 香西咲さんのインタビュー記事が、しらべぇに掲載されました。
 香西咲さんのツイッター

(明日のブログへつづく)




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