なぜ真実を語った香西咲さんが脅迫されなければならないのですか

ぼくが2016年7月14日(木)に書いた文章の一部を再掲してみます。

ぼくはこれまでずっと、なぜ香西咲さんはこの世界に入ってきたのだろうと考えてきました。
そのことを思うたびに、胸が痛み、切なくなりました。
ぼくには首を左右に振り、ため息をつくことしかできませんでした。
振り返ってみれば、この数年間、毎日がその繰り返しです。
なぜなんだ。
どうしてなんだ。

いくら自問しても、ぼくは、泥濘(でいねい。ぬかるみの意味)から抜け出ることはできませんでした。
2016年7月7日(木)に、週刊文春が発売されました。
真実が明らかとなりました。

 香西咲が実名告発!「出演強要で刑事・民事訴訟します」

雑誌を買ってはみたものの、記事と向かい合う勇気のなかったぼくは、数日後ネットを通して、ようやくその事実にたどりつきます。
そのとき気持ちはこうでした。
歌人の窪田空穂(くぼたうつぼ)さんのことばをお借りして、吐露してみます。

一言でいえば、香西咲さんは私には悲しむべき人なのである。
しかし悲しみのない人はない。
異例な人として悲しいのである。

(週刊文春の7月14日号の記事を引用)
なぜ(AV撮影)を辞めなかったんだと思われるかもしれません。ですが、抜けるに抜けられない状況に追い込まれ、搾取されつづける絶望感は、体験したものにしかわからない。青木の支配下に置かれていた頃、私にとってAV撮影は自傷行為そのものでした。」

香西咲さんは、現在もこの仕事をつづけている理由をつぎのように語りました。
 
(週刊文春の7月14日号の記事を引用)
私は不本意なかたちでAV女優になりました。
(中略。)
雑貨店開業の夢は今もありますが、いつかこの国から消えてしまいたいと思うこともあります。でも、どうせなら少しくらい世の中の役にたってから去りたいそれが今もこの仕事をつづける私の偽らざる本心です
(後略。)

ご自身のツイッターに香西咲さんは、つぎのことばを刻んでいます。

(2016年7月18日のツイートの一部を引用。)
私だって綺麗にリセット出来るならAVデビュー前の私に戻りたい。だけど変えられない現状踏まえて立て直したのが今の形。
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悪徳事務所のやつらは、一人の女性の人生をめちゃくちゃにしました。
未来を破壊して、蹂躙しました。
このような犯罪者をこのまま野放しにしておいていいのでしょうか。
いま、日本という国の真価が問われています。

国民の大多数は香西咲さんの味方でしょうが、そうではない狭隘(きょうあい。心がせまいの意味)なひとたちも若干存在しているようです。

香西咲さんのツイッター(2016年6月23日)より、引用。

皆に、今の私の立ち位置は危ないと言われました。チンピラは何を仕出かすか分からないと。東京湾に沈められるかも知れないし行方不明になるかも知れない。色んな人から言われる。そんなに脅されたらぶっちゃけ、本当に不安で不安で眠るのも恐ろしい。
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香西咲さんのツイッター(- 2016年6月27日)より、引用。

圧力凄いきてる。正攻法ではない場所から。
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香西咲さんのツイッター(2016年7月3日)より、引用。

同業内部の方々から探りを入れられてたり、わたしが殺されかねないと言う言葉を使って脅迫されたり、あの手この手をつかって圧力・脅迫をかけてくる。本当に人間不信。でもそんなのに動じないけど。仮に私に何かがあった場合、結局そういう事なんだと察してください。
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香西咲さんのツイッター(2016年7月13日)より、引用。

私が今後どうすべきか等、正確な情報もアドバイスも一切与えてくれず、ただただ脅迫されてます。余計な事は言うなと。情報開示して頂けないのに納得して言いなりになれる訳がないですね。(後略。)
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香西咲さんのツイッター(2016年7月13日)より、引用。

(前略。)
私を誹謗中傷してくる人は大抵私の事を調べませんし週刊文春すら読んでません。物言いたいなら相手の情報位調べて来るのは常識ですよね。
(後略。)

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香西咲さんのツイッター(2016年7月18日)より、引用。

私が声を上げることで 脅迫めいた事、『これ以上余計な事を喋るな』と言う様な事も多々寄せられます。業界が荒れているのでの私の行動は、危険に思う方も多いのでしょう。事を荒立てたくないと。そのお気持ちは勿論理解しています。
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香西咲さんのツイッター(2016年7月18日)より、引用。

脅迫、業界一部からの嫌われ、全て覚悟のうえです。
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業界のこころないかたたちは、現状をどのように認識しているのでしょうか。
今回の香西咲さんの告発の件がなくても、あなたたちはいずれつぶされる運命にあります。
これまでの悪事を糊塗(こと。ごまかしの処置をするの意味)、隠蔽(いんぺい)しようとしたり、弥縫(びほう。失敗や欠点などを一時的にとりつくろうとの意味)をおこなうのではなく、内部から根本的な改革をおこなったらどうですか。
あなたたちにはまず、香西咲さんのつぎのツイートをお読みになることをお勧めいたします。
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香西咲さんのツイッター(2016年7月17日)より、引用。

業界の皆様へ 一部のメーカーからは『ほとぼりが冷めるまで波風立てるな』と私を煙たがられている事も承知しております。ですが、ほとぼりが覚めるまで沈黙を続けていたら、その間に色んな思惑にハマり兼ねないと危惧しています。今声を上げ対策を立てる事の重要さを感じて頂きたいと思います。
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みなさん、脅迫はどれくらいの罪になるかご存じですか。
刑法ではこうなっています。

第222条「生命、身体、自由、名誉又は財産に対し害を加える旨を告知して人を脅迫した者は、2年以下の懲役又は30万円以下の罰金に処する。」

どのようなかたたちが、香西咲さんに対して不埒な言動をおこなっているのでしょうか。
残念ながら、ぼくは寡聞(かぶん)にして、存じあげません。
ただ、このような犯罪行為を立件されますと、捕まるのはもちろん、あなたたちの業界は確実に殲滅されます。
自分たちの未来をつぶされくないのでしたら、使うエネルギーをどこへ向けるのかをよくお考えになったほうがよろしいのでは。
もう一度いいます。
脅迫は犯罪です。

トナミ運輸事件というのがあります。
概況につきましては、報道STATION -特集-がわかりやすいです。
ところどころ引用させていただきます。

(引用)
1974年、トナミ運輸の営業マンだった串岡弘昭さんは、入社5年目のときに運送業界の裏の実態を内部告発した。

いわゆる闇カルテルだ。

1975年、告発したのは自分だと名乗り出た串岡さんに会社は突然の転勤を命じた。
第一線の営業マンから遠く離れた研修所へ。
四畳半の一室に押し込められ、他の社員からは隔離された。
空き地の草むしりが、会社が16年余りに渡って串岡さんに与えた仕事だった。

会社は退職を迫ったが、残って闘う決心をした。
「こういう形で辞めさせられることは絶対あってはいけない。徹底的に闘わなきゃならんという意志がより強くなりました」
と串岡さんは言う。

串岡さんは2001年1月、損害賠償と謝罪を求め裁判を起こした。
裁判を通じて会社側は
「嫌がらせや報復はなかった」
と主張
している。
裁判所の2度の和解勧告を串岡さんは拒否した
こういう処遇をしたら会社自身も信用を失うんだという形を世の中の人に見てもらおうということですねそうしないと企業は反省しないんじゃないか

引用元には書かれていませんが、裁判をおこなっている期間中、串岡さんの自宅には、怪電話がしきりとかかってきます。
脅迫も受けます。
暴力団員が自宅へやってきて、
「うちの組の若いもんを使って交通事故を装い、あんたをひき殺すことだってできるんだ」
さらには、
「自宅へダンプを突っ込ますことだって簡単なんだ」
と恫喝します。
この種の脅しは、串岡さん本人だけではなく、親や兄弟にまで及びました。
脅迫を受けた兄は、
「最後まで弟を守る」
と決意しました。

(引用)
2005年2月23日、判決は会社側に約1,360万円の支払いを命じた。
富山地裁は、内部告発は正当な行為で法的保護に値するとして、会社側の人事が報復であると認定した。
「良心に基づいて内部告発する人にとって判決でも守られるという意味を持ち、非常な意義があった」
と串岡さんは語った。

「夜と霧」という本があります。
かつてこのブログでもご紹介したことがあります。
「夜と霧」の原題は、「強制収容所における一心理学者の体験」といいます。
作者である心理学者のフランクルは、次のことばを残しています。
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この地上には二つの人間の種族だけが存在する。
品位ある善意の人間と、そうでない人間とである。
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フランクルは、強制収容所という極限状態のなかで、ひとはどのような行動をとるのかを観察しました。
あるひとは徹底して善であり、あるひとは徹底して利己的でした。

品位ある善意の人間に属する香西咲さんはいま、そうでない人間を前にして、呻吟(しんぎん)されているかと思われます。

「石が流れて木(こ)の葉が沈む」
という故事をご存じでしょうか。
読んで字のごとく、
「本来、沈むべきはずの石が流れ、浮いて流れるはずの木の葉が沈む」
という意味です。
ものごとのありようが道理とは逆になっている、ということをあらわしています。

「沈むべきはずの石(悪人)が流れ、浮いて流れるはずの木の葉(善人)が沈む」

一時的にはおこりうるのかもしれませんが、このようなことは長くつづきません。

(明日のブログへつづく)



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