儒家の孟子の思想

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これまで3回にわたり、孔子の「論語」をとりあげました。
孔子には数多くの弟子がいます。
そのなかで著名なのは、孟子(もうし)と荀子(じゅんし)です。
本日は孟子(B.C.372年頃~B.C.289年頃)の思想についてみてみたいと思います。
この人物は、戦国時代の中頃に活躍しました。

 (※下図は、自作したものです。)

殷・周

2014年12月4日のブログでぼくは、孟子の名言と、母親に関するエピソード(孟母三遷)についてふれたことがあります。

再掲。孟子の名言。)
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天がある人物に大きな任務を下そうとするときは、必ずまず厳しい試練を課すものである。
すなわちその人物の心を苦しめ、(略)、行動を徒労にさせて仕事を混乱させる。
その人物が発憤奮起(はっぷんふんき)してがまんづよくなり、これまでできなかったこともできるようにするためである。
人間というものは過失があってこそ改善できるし、煩悶(はんもん)があってこそ発憤(はっぷん)できる。
(略)
心配事があってこそ生きられ、安楽すぎると没落するという道理がよくわかるであろう。

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このことばは、ものごとの道理を鋭く表現した警句(アフォリズム)といえるでしょう。

孟子の場合も、孔子と同様に、弟子たちによって著された言行録があります。
「孟子」といいます。
この本のなかに、「屠所の牛」という言伝があります。
原文は若干堅苦しいので、ぼく流にリライトしてご紹介します。

舞台は、斉(せい。下図の)の国です。

 (下図は、世界史ノートから引用。)
戦国の七雄
 ※ 韓(a)、魏(b)、趙(c)、斉()、燕(e)、楚(f)、秦(g)

斉(上図の)の王が、王宮でくつろいでいました。
外をながめると、一人の男が牛を引いて歩いています。
どこへ行くのだろうか。
王は立ちあがり、その近くへ寄りました。
声をかけます。

「その牛をどうするのだ?」
突然のことばに、相手がかしこまります。
「いけにえとして、神にささげてまいります」
王が軽いうめき声をもらしました。
相手の顔を一瞥したのち、口を開きました。
「よしなさい。罪のない牛を殺すのはよくないことだ」

相手が狼狽します。
「それでは」
と王を凝視して、
「いけにえをやめてもよろしいのでしょうか?」
いや、と王が軽く首を振りました。
「それはだめだ。牛のかわりに、ひつじをささげなさい」

この二人の会話を孟子が聞いていました。
孟子は、各国の王たちから間断(かんだん)なく、高説を拝聴したい、と声がかかっていました。
師の孔子とは違い、引く手あまたです。
孟子はどこへ行っても、歓待されました。

孟子が間に入ります。
王のほうを向いていいました。
「罪のない牛が殺されるのを気の毒と思うのならば、罪のないひつじが殺されるのも気の毒ではありませんか?」
王が、ふいをつかれたかのような顔をしました。
二の句を告げようとこころみます。
かないませんでした。

孟子がつづけます。
「あなたはいま、間近でこの牛をみているから、同情の気持ちがわきあがっている」
かすかに肯首した王が、すぐに視線をそらしました。
「しかし」
と孟子が口調を強めました。
「あなたは実際にひつじをみていない。だから同情の気持ちをいだかないのではないですか?」

是(これ)れ仁術なり。牛を見て未だ羊を見ざればなり
「孟子」のなかにでてくるせりふです。

ひとはだれしも身近な者に対しては親しみや愛情をもつことができます。
反面、見知らぬひとに対しては無関心です。
これではいけない、とぼくも感じます。

明日のブログでは、孟子の思想の根幹をなす「性善説」と、「四端の心」についてみてみたいと思います。



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