香西咲さんの笑顔と、笑わない傾国の美人

香西咲さんを勝手に応援するサイトの管理人の「焼酎好き」です。よろしくお願いします。

昨日は、
「まず隗(かい)より始めよ」
のことばが生まれた背景についてふれました。
歴史の流れとしては、「随」の末期から「周」末の戦国時代までを簡単になぞりました。
この時代は、随所に興味深いエピソードがあります。
本日はこちらのほうを書いてみたいと思います。

殷 (B.C.1550年~B.C.1050年頃)

(昨日の当ブログの記事を再掲。)
30代目の王のときです。
配下に、「周」という邑(ゆう)がありました。
ここは徐々に勢力を拡大していき、B.C.1027年に、「殷(いん)」を滅ぼします。

もう少しくわしく記してみます。
第30代目の王の名は、紂(ちゅう)です。
この王は暴君として知られています。
「酒池肉林」(しゅちにくりん)をご存じでしょうか。
紂(ちゅう)王はこれに夢中であったといわれています。

「酒池肉林」を辞書等で調べてみましたところ、次のようなことが書かれていました。
一部を引用します。

(広辞苑)
史記殷本紀
「以酒為池、懸肉為林」
酒や肉が豊富で、豪奢を極めた酒宴。

(デジタル大辞泉)
《「史記」殷本紀の「酒を以て池となし、肉を懸けて林となす」から》
酒や食べ物がふんだんにある、贅(ぜい)を極めた酒宴。

(大辞林)
〔池のように酒をたたえ、林のように肉をかけ並べて酒宴を張ったという「史記殷本紀」に見える紂王(ちゆうおう)の故事から〕
ぜいたくをきわめた酒宴。

(日本大百科全書)
池の水のように豊富な酒と、木々の立ち並ぶ林のように架けられた肉の意で、酒や肉などの御馳走(ごちそう)がいっぱいの豪奢(ごうしゃ)な遊楽や酒宴のたとえ。
ために百姓たちは遠くからこれを望んでは恨んだ、と『史記』「殷本紀」に伝える。

紂(ちゅう)王が傾倒したとされる「酒池肉林」は、漢(前漢)の時代に書かれた「史記」の中で紹介されました。
この歴史書の著者は、司馬遷(B.C.145年頃~B.C.86年頃)です。

紂(ちゅう)王は人造の池のなかに、水ではなく酒を入れました。
まわりの木の枝に肉をつり下げて、好きなときにこれを思う存分食した、といわれています。

ただ、これは、「殷(いん)」を滅ぼした「周」が、自己の正当性を主張するために創作したものとの説もあります。

周 (B.C.1050年頃~B.C.256年)

(昨日の当ブログの記事を再掲。)
「周」の成立から279年後のことです。
B.C.771年に、異民族が突如、侵入してきました。
都を占拠されます。

やむなく「周」は、東の都市(洛邑)に都を移しました。
以降は、「東周」(B.C.770年~B.C.256年)と呼ばれます。

都を奪われたのには理由があります。
このときの統治者は、第12代目の幽王でした。
妻も有名です。
褒姒(ほうじ)といいまして、絶世の美女です。
残念なことにこの女性には、ひとつ欠点がありました。
生まれてから一度も笑ったことがないのです。
王は毎日、妻を笑わすことに心血を注ぎました。

(下図は、世界史ノートから引用。)
殷のマーク が、殷の領域。
殷の範囲
「周」の都は鎬京(こうけい。上図の番)です。
以前から中国には異民族がやってきて、略奪を繰り返していました。
敵が迫ると「周」は、のろしをあげます。
各邑(ゆう)は、遠くで立ちのぼるこの煙をみると、助けに馳せ参じます。

あるとき、都の鎬京で煙があがりました。
東方から援軍がやってきます。
ところがこれは誤報でした。
誤ってのろしをあげたのです。
おおあわてでやってきた各邑(ゆう)の軍隊は、それを知って汗を拭いました。
この動転ぶりを目(ま)の当たりにして、褒姒(ほうじ)は、大笑いをしたのです。

これをみて幽王は歓喜しました。
愛する妻がついに笑ってくれた。
忽々(こつこつ)たる気分になった王は、毎日、のろしをあげます。
そのたびに、軍隊がかけつけます。
人々の狼狽ぶりをみて褒姒(ほうじ)は、破顔しました。

やがて各邑(ゆう)の軍隊は、くゆる煙をみても、反応しないようになりました。
不実に決まっているからです。

こうしたなか、B.C.770年に、西北から犬戎(けんじゅう)が侵入してきました。
以前より中国の西部に住んでいる牧畜民族です。

王は一心不乱にのろしをあげました。
当然、援軍はやってきません。
幽王は異民族に殺害されます。
都の鎬京は陥落しました。
このあと「周」は、都を鎬京(上図の)から、東方の洛邑(らくゆう。上図の)に移します。
(下図は、世界史ノートから引用。)
鎬京、洛邑
以降は、「東周」とよばれます。

中国の歴史には、傾国の美人が複数登場します。
数あるなかでも、この褒姒は異色です。

褒姒と対極をなすのが、香西咲さんです。
香西咲写真 香西咲写真 香西咲新作
(※注 大きな写真は香西咲さんのツイッターでご覧になることができます。)

褒姒が傾国の美人であるのなら、香西咲さんは、救国の美人です。
香西咲さんの笑顔は至高です。



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