人間の可能性(その6) ~島秋人が愛したひと

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昨日のつづきです。

島秋人は1967年の9月に、養母の千葉てる子さんに宛てて手紙を書きました。
その中に、次のような文章が挿(はさ)まれています。

(NHK教育テレビ「こころの時代」より。)
孤独な病気の人と知り合うと、この人のために尽くしてあげられる人間であったら、楽しいだろうなあと思います。
盲(めしい)の人の夫になって親切にしてあげて、家庭の幸福を体いっぱい味わって貰いたいとも思います。
優しくて、しっかりした賢いお嫁さんを得て生きたいとも思います。

手紙が読み上げられたあと、次のようなナレーションがつづきます。

(NHK教育テレビ「こころの時代」より。)
今の手紙にあった病気で盲人で孤独な人、鈴木和子さんがそうでした。
彼女も歌を詠みました。
彼は彼女に優しくしたいと思い、夫になりたいと思い、恋をしました。
鈴木さんに送った歌です。

 君を知り愛告ぐる日の尊くて
  いのち迫る身燃えて愛(いと)ほし

鈴木さんとの恋は、三ヶ月で打ち切られました。
昭和四十二年十一月一日朝、処刑の日が明日であると告げられます。

島秋人の「遺愛集」(東京美術刊)の目次に、次のような記述があります。

(引用)
昭和四十二年-師父、窪田空穂先生の御死去。病床の和子を知り愛を結ぶ。

島秋人の師ともいえる窪田空穂は、1967年(昭和四十二年)4月12日に逝去しました。
その文節のあとに、「病床の和子を知り愛を結ぶ」とあります。

和子といいますと、前坂和子さんのことが思い浮かびます。
島秋人の死刑判決は、1962年6月1日に確定しました。
このことを知った当時高校3年生の前坂和子さんは、島秋人に手紙を出します。
ここから二人の交流が始まりました。
以降、前坂和子さんは、毎週1回、花を携えて面会に訪れました。
島秋人が処刑される前日の1967年11月1日までつづきます。

「病床の和子を知り愛を結ぶ」
こちらの和子さんは、前坂さんではなく、鈴木さんです。

島秋人は「遺愛集」の中で、次の歌を詠んでいます。

(引用)

 燃えるとも濡れるともある盲(めし)ひ病む
  君の可愛ゆきカナの手紙(ふみ)読む

「鈴木さんとの恋は、三ヶ月で打ち切られました」
「盲(めし)ひ病む」
「カナの手紙」
鈴木和子さんについて、これ以上のことはわかりませんでした。

昨日、このような論文があることを知りました。
「真実の愛の極み -教育の根源にあるもの-」
島秋人が処刑された翌年に、森田宗一さんという東京家庭裁判所の判事が書いたものです。
雑誌「幼児の教育」7月号(フレーベル館。1968年)に掲載されました。

(「真実の愛の極み -教育の根源にあるもの-」より引用。)
(略)鈴木和子さんとは、島秋人と歌を通じて深く知り合い一度も相会わないのに魂の交流を感じ結婚しようというところまで至った一婦人のことである。
しかも十二年前に盲目になり、結核の身を療養所のベッドに横たえながら、清く気高い心の生活を続けている方である。

島秋人が処刑されたあと、森田宗一さんは、鈴木和子さんから次のような手紙を受け取りました。

(「真実の愛の極み -教育の根源にあるもの-」より引用。鈴木和子さんからの手紙。)
さて彼は亡くなる(処刑される)少し前、私が歩行訓練を許されるようになったと知らせましたら、早速ひとに頼みあたたかいスリッパを送ってくれました。
それ程に優しく気のつく人だったのです。
またそのあとすぐ何か栄養のある物をたべるようにと自分の乏しい小遣いの中から二千円を送ってくれたのです。
私は勿体なくてつかわずにとっておいたのですが、彼のあたたかい心をうけて最近バター、チーズなどを買わせてもらいました。
でもふと彼の心のこもったこの金の一部を何か有意義につかいたいと思いつきいろいろ考えたのですが、三十三歳という若さと健やかな体のまま処刑台に消えた愛する彼を思うにつけ、やはり私として前途ある若い人が殺人という大きな罪を一人でももう犯さないようにと切実に願う心で、その私の頭に浮かんだのは少年院にいる少年たちのことでした。
(一日おいて七百円のお金が送られてきた)。
この僅かなお金でも彼の優しさのこもっているお金なのだし、これをどこかの少年院に送り、花の種や、苗、球根などを買ってもらい、やがてその花が咲いた時美しい花を見て少年たちの心が少しでもなごみ、綺麗な花を愛する心が人を愛し自分を愛する心ともなって更正への第一歩となることができたら私は嬉しい、彼の魂もきっと喜んでくれるに違いない。
僅かなお金に私の夢はあまりに大きすぎるかもしれないけれど、私は祈りをこめてどうしてもこのお金を送りたいと思ったのです。
でも私は少年院がどこにあるかしらない。
さてどうしようかと考えた時、先生のお名前とラジオで聞いたお話が思い出され、お願いしてみようと思いたったわけなのです。
・・・・・・どうぞ私の願いをおきき届け下さいませ。・・・・・・

鈴木和子さんは島秋人のために、次の歌を詠んでいます。

 秋されば盲いのわれの目にも浮かぶ
  サルビアは赤くコスモスは白く

 

2009年9月16日から2012年11月16日まで、衆議院議長をつとめた横路孝弘は、森田宗一さんについてこう語っています。

こんにちは!よこみち孝弘ですより一部引用。)

私が司法修習生の時、少年事件を扱っておられた森田宗一裁判官から島秋人(ペンネーム)という死刑囚のことを聞き、さっそく彼の「遺愛集」という歌集を手にしたのですが、彼のひとつひとつの歌に大変感動いたしました。
(略)。
この「遺愛集」が、私が政治の道へ歩むことを決心させたといってもよいでしょう。

ここで突然、話題が変わります。

香西咲さんのTwitter(2015年1月12日)より引用。

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おはようございます!
連休中たっぷり休んだら良い感じに復活しました٩̋(ˊ˃͈ ꇴ ˂͈ˋ)و
溜まってたお仕事片付けるぞ!

イイお天気だし
今日からまた張り切っていきましょう〜٩̋(ˊ˃͈ ꇴ ˂͈ˋ)

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安堵しました。
まずはからだを大切にされてがんばっていただければと思います。



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