人間の可能性(その5) ~島秋人と、選者の窪田空穂(くぼたうつぼ)

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昨日のつづきです。

1967年11月2日の朝、島秋人は処刑されました。
翌月の12月、島秋人の歌集である「遺愛集」が、東京美術から出版されます。
序文を書いたのは、毎日歌壇の選者である窪田空穂(くぼたうつぼ)です。
この人物は日本を代表する歌人です。
早稲田大学の教授もつとめました。

島秋人著「遺愛集」(東京美術刊)の中から、窪田空穂の序文を一部引用します。

秋人君は表現技法に巧みではない。修練の年月が足りないのである。
未熟で、たどたどしい作さえある。
(略)。
その出来のよい作は、稚拙さが却って真実感を生かす結果ともなっているのである。
(略)。
(略)刑死を寸前のことと覚悟している島秋人という人の、それと同時に、本能として湧きあがってくる生命愛惜の感とが、一つ胸のうちに相剋(そうこく)しつつ澱(よど)んでいて、いささかの刺激にも感動し、感動するとともに発露をもとめて、短歌形式をかりて表現されたものである。
これは特殊と言っては足らず、全く類を絶したもので、広く和歌史の上からみても例を見ないものである。
(略)。
秋人君のこの何年間も持ちえたものは、自身の思念のみであった。
この思念は自己の生を大観するものとなり、極悪事の反省となり、悔悟となり、死をもっての謝罪となり、その最後が、現在の与えられている一日、一日の短い生命の愛惜となり、そして作歌となって来たのである。

窪田空穂は、島秋人の歌を慈しみました。
自身が選者をつとめている毎日歌壇においても、その作品を多数選びました。
島秋人は、1961年1月から1967年末までの7年間、投稿をおこないました。
歌壇には合計で、348回掲載されました。
このうち、226首が入選しております。

窪田空穂と島秋人は、毎日歌壇における、選ぶ側と選ばれる側の関係、だけであると思われていました。

2005年のことです。
窪田空穂の遺品の中から、島秋人との往復書簡がみつかりました。
二人は5年間にわたり、歌壇外でも交流をおこなっていたのです。
翌年、この書簡の一部が、長野県松本市にある窪田空穂記念館によって冊子化されました。
タイトルは、「平成十七年度企画展 記録集 ある死刑囚の短歌と空穂―「遺愛集」(島秋人著)が
語りかけるもの―」(窪田空穂記念館刊)です。

NHKの教育テレビの番組に、「こころの時代」というのがあります。
2005年の秋にここで、島秋人に関する特集が放映されたそうです。
ちなみにそれは再放送のようです。
のちにぼくは知人から、その番組を録画したDVDを譲り受けました。
興味がわいたので、島秋人に関する著作を何冊か読みました。
新たにみつかった書簡についても気になってはいたのですが、その後忘れてしまいました。

今回このブログを書くにあたりまして、窪田空穂記念館からその記録集を送ってもらいました。
次の場面が印象的でした。

死を畏怖する島秋人に対して、窪田空穂はこういって鼓舞しました。
「歌を作りなさい。死ぬことのいやなのは、人間の本能の最も大きいものだ。万人共通の情だ、裸になってそれを表現しなさい」
と。

以下に、両者の書簡の一部を引用します。

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(島秋人)
一度も見た事もない死刑のありさまをありありと夢に見て死ぬことの恐ろしさ殺される事の恐ろしさを味わいました。(1966年10月27日)
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(窪田空穂)
夢におびえるということは、有り得ることで笑えないが、いい年になった貴方だ、打ち克ちなさい。
歌を作りなさい。
死ぬことのいやなのは、人間の本能の最も大きいものだ。
万人共通の情だ、裸になってそれを表現しなさい。
作歌は投稿すると、私が気をつけて見て上げる。
貴方は不幸ではない。
多くを言う要はない。
しっかりなさい。

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(島秋人)
飢える心でしたのでとてもうれしい感謝でした。
ひとつの信念をはっきりと教えていただき苦しんでいた心の悩みも消えて昨日今日は心の底から生かされてある命のよろこびを味わっています。

 縋(すが)れよと歌を詠めよと云ひたまふ
  九十の師のみふみあたたかし

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窪田空穂は、手紙以外のやりとりもしていました。
自ら拘置所に足を運び、手製の弁当を差し入れたこともありました。

窪田空穂が島秋人について詠んだ歌もあります。

 団栗(どんぐり)をころがしてころび行く先を見守る
  秋人死なねばならぬ

窪田空穂は、「遺愛集」の序文を次のことばでまとめています。

(引用)
一言でいえば、島秋人は私には悲しむべき人なのである。
しかし悲しみのない人はない。
異例な人として悲しいのである。

窪田空穂は、島秋人が没する約半年前(4月12日)に亡くなっています。
このときの悲しみを、島秋人は次のように詠っています。

 天も地も総べて哀しめ生涯の
  師父と慕ひし空穂召されし

島秋人は、窪田空穂の子息の窪田章一郎氏に次のような手紙を書いています。

(引用)
私はよい師にあうことが出来て幸せな人間だと思っています。
私の一生を変えてくれた歌のその歌の師はあたたかい人なので、うれしいです。

ここで、話題がかわります。
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香西咲さんのTwitter(2015年1月12日)より引用。

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おはようございます!
回復したと思ったらそうでもないみたい、今朝起きたら吐き気が…(๑•́ωก̀๑)
風邪かな?疲れかな?
もう少し休んでみます〜。

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だいじょうぶなのでしょうか。
心配です。
こういうときはゆっくり休むのにかぎります。
たくさん眠って、年末からの疲れをとっていただきたいです。
香西咲画像2 香西咲画像
注 大きな画像は、香西咲さんのツイッターでご覧になることができます。)

無垢です。
夾雑物(きょうざつぶつ)が一切ありません。
ぼくにはため息しかでません。



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