分水嶺(ぶんすいれい)

香西咲さんを勝手に応援するサイトの管理人の「焼酎好き」です。よろしくお願いします。

2015年1月1日のブログでぼくは、フランクルの次のことばについてふれました。

(引用)
この地上には二つの人間の種族だけが存在する。
品位ある善意の人間と、そうでない人間とである。

フランクルは、「夜と霧」の作者です。
「夜と霧」の正式な題名は、「強制収容所における一心理学者の体験」といいます。
収容所内における限界的な状況の中で、人々は、二つの内のいずれかの行動をとりました。

「品位ある善意の人間」の行動

「そうでない人間」の行動
です。

1月1日のブログでは、この具体例を紹介しようと考えていました。
ただ、元旦にはふさわしくない内容ですので、見合わせました。
もう三が日もすぎましたので、本日、ご紹介をしてみたいと思います。
なお、これから綴る二つの事例は、フランクルの「夜と霧」には登場しません。

コルベ神父の場合

コルベ神父はユダヤ人ではありません。
ポーランド人です。
当時ドイツは、ポーランドを占領していました。
コルベ神父はこの国の有力者です。
そのため、アウシュビッツ収容所へ送られました。
施設内には、次のような規則がありました。

逃亡者が出ると、同じ獄舎の10人を餓死刑に処する。

1941年の7月に、一人の者が脱走しました。
看守は、獄舎の者を集めて、声を張り上げました。
「規則により、この中から10人を選び、餓死刑に処する」
と。
看守が無作為に名前を読み上げていきます。
突然選ばれた者たちは、別れのことばを口にしたり、私は祖国ポーランドのために死んでいくと嘆きました。
この中で一人、泣き叫んだ者がいます。
「私には愛する妻と子どもがいる。死にたくない」
軍人のガイオニチェック=フランシスコでした。
沈痛な雰囲気が広がります。
このとき、一人の男が前に進み出ました。
「あのかたの代わりに、私が餓死刑を受けたいです」
看守は驚きました。
矢継ぎ早に問います。
「おまえは誰だ? 職業は何だ?」
男が答えます。
「名前はマキシミリアノ=コルベ。47歳。職業はカトリック神父です」
看守は一瞬たじろいだものの、身代わりとなることを認めます。
10人は、餓死刑がおこなわれる地下室へ連行されていきました。

3週間後、部屋の扉が開けられました。
7人はすでに亡くなっていました。
コルベ神父を含めた3人は、まだ息がありました。
生存者には、毒の入った注射がうたれました。
コルベ神父の顔は穏やかで、美しく輝いていたそうです。

ちなみに、コルベ神父によって助けられたガイオニチェック=フランシスコのその後については、「奇蹟」という本で知ることができます。
 ・曽野綾子著「奇蹟」(文春文庫版)
 ・曽野綾子著「奇蹟」(毎日新聞社版)
戦後、曽野綾子さんがガイオニチェック=フランシスコに会い、インタビューをおこなっています。

ストーン牧師の場合

1954年の9月26日に、大型の台風が、東北地方と北海道を通過しました。
この影響を受けて、青函連絡船が座礁します。
船はしだいに傾いていきます。
人々は救命具に殺到しました。

このときの場面を作家の三浦綾子さんが、「氷点」(角川文庫刊)という小説で描写しています。
「氷点」は何度もドラマ化されています。
一部を引用します。

(引用)
その時、船が30度に傾き、救命具が一つスッところがって宣教師のひざに来た。
「ドーゾ」
宣教師は、それを啓造の手に渡した。啓造は瞬間ためらったが、もう一つ救命具がころがってくるのを見ると、礼を忘れてそれを背負った。

その後、船は、90度に傾きます。
船内に海水が流れ込んできます。

(引用)
ふいに近くで女の泣き声がした。胃けいれんの女だった。
「ドウシマシタ?」
宣教師の声は落ち着いていた。救命具のひもが切れたと女が泣いた。
「ソレハコマリマシタネ。ワタシノヲアゲマス」
宣教師は救命具をはずしながら、続けていった。
「アナタハ、ワタシヨリワカイ。ニッポンハワカイヒトガ、ツクリアゲルノデス」
啓造は思わず宣教師を見た。しかし啓造は救命具をゆずる気にはなれなかった。
(略)
ふっと気づくと、夜光虫が模様のように、青く光って揺れていた。死に面した人々の前に、夜光虫は非情なまでに美しかった。

このとき、二人の牧師が亡くなっています。
アメリカ人のリーバーさんと、「氷点」の中で描かれているカナダ人のストーンさんです。
この二人は沈没の瞬間まで乗客の間をかけまわって、救命具の着用を手伝ったといわれています。

(再掲)
この地上には二つの人間の種族だけが存在する。
品位ある善意の人間と、そうでない人間とである。

香西咲さんのブログ(「ありがとう2014(*’-‘*)」)の中に、ご自身の限界的な状況が記されていました。
これに対して香西咲さんは、自棄になることも、逃げ出すこともせずに、前を向いて進みました。
「品位ある善意の人間」としての行動をとりました。
膂力(りょりょく)を感じます。
卓越されたかたです。




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