ヘルマン=ヘッセの「苦しい道」ー

香西咲さんを勝手に応援するサイトの管理人の「焼酎好き」です。よろしくお願いします。

12月25日のブログで、ヘルマン=ヘッセが著した「アウグスツス」についてふれました。
これは新潮文庫の「メルヒェン」(高橋健二訳)という短編集の冒頭の作品です。
愛されることの苦しみを冷徹に描いた物語です。
「メルヒェン」には、これ以外にも示唆をあたえてくれる一編があります。
本日はそれらの中から印象的な場面を簡単にご紹介してみたいと思います。
 

笛の夢

主人公は小舟に乗って故郷をあとにします。
途中で、戻りたい気分となります。

(引用)

そこで私は勇気をふるって、苦しまぎれに頼んだ。
「ああ、引き返そうじゃありませんか、ねえ。このやみの中では心配です。私は引き返してゆきたい。(後略)」
男は立ちあがって、やみの中をさし示した。すると明かりが彼のやせた引きしまった顔を明るく照らした。
引き返す道はない」と彼は真剣に親切に言った。「世の中をきわめようと思ったら、絶えず前に進まなければならない

峻厳な返答です。
ただ、その通りなのかもしれません。
 

苦しい道

難解な作品です。
ぼくは最初、内容が理解できませんでした。
屹立(きつりつ)した山を目指す主人公が、案内人という名の内なる自分と対話を繰り返す掌編です。
最初に主人公は、峡谷の入口の前で躊躇します。

(引用)
いやだ、いやだ。こんな道を行くなんて! こんな不快な岩の門を苦しんで通ったり、こんな冷たい小川を渡ったり、こんな狭いけわしい闇のはざまをよじ登るなんて、いやだ!

いまなら引き返すことができる、と主人公は考えます。

(引用)

私たちの離れてきたあすこは、千倍も美しくはなかったか。生活はそこでは、もっと清らに、もっと暖かく、もっと好ましく流れてはいなかったか。

葛藤の末、主人公は一歩を踏み出します。
内なる自分がささやきます。
わたしはあなたの感じている不安を知っている、と。

歩いている途中で、主人公が叫びます。

(引用)
「ぼくは行けない。まだ用意ができていない」

内なる自分が、引き返すほうがいいのか、と訊ねます。
主人公は呻吟(しんぎん)します。

(引用)
自分は、否(いな)と言うだろう。否(いな)と言わなければならないだろう(略)。

同時に、次のような思いも去来します。

(引用)
私の心の中の古いもの、なじんだもの、愛したもの、親しんだものが、こぞって絶望的に叫んだ。「うん、と言え、うん、と言え」と叫んだ。世界と故郷とがこぞって、弾丸のように私の足にしがみついた。

内なる自分に促されて、主人公は、麓(ふもと)に方に目をやりました。
眼下に映る光景は、どれもが色あせていました。

(引用)
すべてのものが、とっくに吐きたくなるほどの食い過ぎたもののにおいと味がした。

主人公はふたたび、歩きはじめます。
道ばたに1本の花が咲いていました。
黒色で、悲しげな風情をしております。
内なる自分が足を早めます。

(引用)
(もしもこの悲しい花に気を奪われたら)悲哀と絶望的な憂うつは、あまりにも重く、耐えがたくなるだろう。

主人公は山の頂に到達します。

(引用)
(前略)鳥はしゃがれた声で歌っていた。そのしゃがれた歌は、永遠、永遠!と言っていた。

このあと、ラストになりますが、こちらも晦渋(かいじゅう)です。
ぼくは読みとることができずに、何度もよみなおしました。

香西咲さんもこれから、悲しいことやつらいことに遭遇するかもしれません。

(再掲)
(もしもこの悲しい花に気を奪われたら)悲哀と絶望的な憂うつは、あまりにも重く、耐えがたくなるだろう。

立ち止まらずに、前を向いて歩まれることを願っております。

香西咲さんのブログを拝見しました。
感動しました。
清冽(せいれつ)です。
香西咲さんには幸せになってほしいです。
心からからそう思います。



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