「愛すること」と「愛されること」、どちらが幸せなのかー

香西咲さんを勝手に応援するサイトの管理人の「焼酎好き」です。よろしくお願いします。

12月20日のブログで、ゲーテについてふれました。
そのときにぼくは、次のようなことを書きました。
あるサイトで、ゲーテが書いたとされる童話を紹介しているが、これは別の作者のものであると。
本日はこの作品について述べてみたいと思います。

その童話は同じドイツ人であるヘルマン=ヘッセが著したものです。
新潮文庫の「メルヒェン」(高橋健二訳)の中に納められています。
短編です。
タイトルは、「アウグスツス」です。
ヘッセは1946年に、別の作品でノーベル文学賞を受賞しました。

「アウグスツス」は、大人の読む童話です。
以下に内容を記してみます。

ドイツのある町に、エリーザベトという貧しい婦人が住んでいました。
女性は結婚してすぐに、夫を亡くしました。
おなかの中には、子供がいます。

婦人は隣人のビンスワンゲルさんを頼りにしていました。
寡黙ですが、いつくしみのある老人です。
心の支えでした。

お産が迫ってきました。
ビンスワンゲルさんが産婆さんを手配をしてくれました。
エリーザベトは無事に男の子を出産することができました。
「アウグスツス」という名前を考えました。
名づけ親はビンスワンゲルさんになってもらいました。

教会での洗礼後、ビンスワンゲルさんがいいました。
お子さんのために、何か願い事を叶えてあげると。

エリーザベトは半信半疑でした。
思案しました。
ビンスワンゲルさんからは、
「願いは今晩、坊やの左の耳にいいなさい」
といわれています。
その時間が迫ってきました。
エリーザベトは、アウグスツスの耳もとでささやきました。

(引用)
みんながおまえを愛さずにはいられないようにと。

アウグスツスは誰からも好かれる子供に成長しました。
毎日、多くのひとから歓待を受けます。
アウグスツスもこれに応えます。
ただ、良いことばかりではありませんでした。
あるとき母親は、健気に言い寄ってくる少女の心を蹂躙する姿をみて、驚きます。

アウグスツスは12歳になりました。
篤志家の好意により、首都の学校で学べることとなりました。

大学生のときに、母が亡くなります。
帰る家を失ったアウグスツスは、しだいに故郷のことを忘れていきます。

豪奢(ごうしゃ)な生活がつづきました。
相も変わらず、たくさんのひとたちが群がります。
アウグスツスは女性に対して、奔放になっていきます。

(引用)
貞淑な婦人を彼の魔術のあらゆる手だてをつくして誘惑したり、悪げのない人をすぐに友だちにしては、金をしぼったあげく、嘲(あざけ)って捨ててしまうことが、彼の楽しみだった。人妻や娘たちの金をまきあげてしまうと、たちまち赤の他人扱いにした。高貴な青年たちを探し出しては、誘惑して堕落させた。

やがて、退廃的な生活を繰り返すアウグスツスの心の中に、空疎なものが芽生えはじめます。

(引用)
彼は、求めもせず、望みもせず、受ける資格もない愛に囲まれていることに、飽き、いやけがさした。決して与えることをせず、常にただ受け入れているばかりの、浪費され、破壊された生活の無価値を感じた。

厭世観を覚えたアウグスツスは、自死を決意します。
ブドウ酒の入った杯(さかずき)に、毒を混ぜました。
飲み干そうとしたとき、突然、ビンスワンゲルさんがあらわれました。

ビンスワンゲルさんは、母親がおこなった願い事の件を語りはじめます。
アウグスツスが静かに耳を傾けます。
ビンスワンゲルさんが諭すようにいいました。
いま自分にとって最良となることを願いなさいと。
アウグスツスが叫びました。
魔力を取り消して人々を愛することができる人間にしてください、と。

アウグスツスを取り巻く環境が激変しました。
これまで言い寄ってきた者たちが皆、悪態をつきます。
殴ったり、貴重品を強奪していく者もいます。
アウグスツスは、ありとあらゆるひとたちから、訴えられました。
裁判でかばってくれる者はいませんでした。
それどころか、誰もがその悪行をまくし立てました。

出獄したとき、アウグスツスは老いていました。
病気もかかえていました。
その姿をみて、本人と気づく者は一人もいませんでした。
アウグスツスは幸せでした。

(引用)
今の彼は、どんな人を見ても、喜び、心を打たれ、動かされた。子どもたちが遊んだり、学校へ行ったりするのを見て、かわいいと思った。自分の小さな家の前のベンチにこしかけ、しなびた手を日なたで暖めている老人たちを、彼はいとおしく思った。

やがてアウグスツスは、病状が悪化して入院します。
療養は長期に渡りました。

(引用)
ここで、打ちのめされた貧しい人々が粘り強い力と希望をふるい起こして、生に執着し、死にうち勝とうとしているのを見るという幸福を、彼は静かに感謝しながら味わった。重病患者の表情に忍耐が、回復期の人々の目に明るい生の喜びがつのってゆくのを見るのは、すばらしいことだった。

冬を前にして、アウグスツスは退院します。
旅をすることにしました。
もっと多くのひとたちの顔をみてみたいと思ったからです。
過去の記憶は徐々に失われつつありました。

ある町に立ち寄りました。
狭い小路を入ったところに、かつて自分が住んでいた家がありました。
アウグスツスは、隣のビンスワンゲルさんの家を訪ねました。
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このあと、ラストとなりますが、ご紹介はここまでとさせていただきます。

9月22日のブログでもふれました。
アリストテレスは、「ニコマコス倫理学」の中で次のようなことをいっています。
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愛というものは、愛されることよりも、むしろ愛することに存すると考えられる。
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香西咲さんのTwitter(2014年8月13日)より引用。
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心から愛せる人に出逢えたら幸せだよね。片思いでも本気で好きで好きでその人しか見えなかったら、それはそれで幸せなんだろうなぁ・・・
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ぼくの尊敬する3人が同じことをおっしゃっています。
それにしても香西咲さんはすごいです。
いつも感じていることですが、ことばに力があります。
哲学的な香りがします。
一途に人生を生きてこられたからこそ、奥深いことをわかりやすい言辞で表現することができるのでしょう。
近い将来、香西咲さんのことばをまとめたものを出版してほしいです。
香西咲さんがいわれていることは、人生に迷っているひとたちにとって、示唆をあたえてくれると思います。



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