香西咲さんに紹介したい歴史のエピソード ~アテネの民主政

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先週の火曜日から、古代ギリシアのポリスに関して、ご紹介をしております。
本日は、アテネ(下図の番)の民主政についてふれてみたいと思います。

 (下図は、世界史の窓より引用。)
ギリシアのポリス(アテネとスパルタ)

アテネは、世界ではじめて、直接民主政治をおこなったポリスとして知られています。

過日のブログでもふれました。
アテネの民主政は、ペリクレスという指導者の時代(B.C.443年~B.C.429年)に完成しました。
この人物の役職は将軍です。
当時は実質上、将軍が国の最高責任者となっていました。

 (※下図は、自作したものです。)
ポリスが栄えた時代

このとき、日本は、弥生時代です。
アテネの民度の高さには驚嘆させらます。
18歳以上の男子は直接、政治に参加することができました。

人々はアゴラ(広場)に集まって、総会を開きました。

 (下図は、タクミな話より引用。)
ポリス アゴラ

この総会のことを「民会」といいます。
民会は年に、40回程度ひらかれました。
一週間に1回の割合です。

当時のアテネの社会構成は、
奴隷が11万人で、
市民は18万人
となっておりました。

もちろん奴隷には、参政権がありません。
市民についても、参加資格があったのは、18歳以上の男子だけです。
女性は除外されておりました。

有権者は4万です。
すべてのひとが民会に参加することはありませんでした。
毎回、6000人程度の出席でした。
このひとたちがアゴラ(広場)で討論を繰り広げました。

自分の思うように政治を動かすためには、民会で人々の心をつかむことが肝要です。
人々は、はなしかたの工夫をおこないました。
アゴラは広いです。
まずは、大きな声を出すことが求められます。
次に、
美しい声で、
きれいなことばで、
上手に語らないと、
支持は集まりません。

アテネのひとたちは一般的に、雄弁な人物に対してなびく傾向がありました。
レスリングの試合で、相手にかみついた男がいます。
反則です。
観客は、
「女のようにかみつくなんて」
と非難しました。
男はすぐに切り返しました。
「いや、ライオンのようにかんだのだ」
と。
人物は感服しました。

民会に集うひとたちは、雄弁にはなすためのテクニックをみがきました。
やがて、このような技術を有償で教えるひとたちが登場します。
ソフィスト(詭弁家)とよばれるひとたちです。
アテネでは、プロタゴラスなど、多くのひとたちが活躍しました。
そのなかの一人であるゴルギアスは、次のように語っています。

自分たちが教えるのは、
裁判では陪審員を、
評議会では評議員を、
民会では出席者を、
そのほかのどんな政治的集まりでも、
ことばで人々を納得させることができる雄弁術である。

この雄弁術こそ、本当にもっとも良いものである。
つまりそれは人々自身に自由をもたらし、また各人が自分のポリスで、他の人を支配できるみなもとになるものだ。

人々はこぞって、ソフィストから雄弁術を学びました。
当時好まれたもののひとつに、ゼノンの逆説のなかにでてくる「アキレスと亀」があります。
次のようなはなしです。

俊足のアキレスが、鈍足の亀を追いかけました。
アキレスが、はじめに亀のいたところに追いついたときには、亀はわずかに前進しています。
ふたたびアキレスが追いかけて、亀がいたところに追いついたときには、さらに亀はわずかに前進しています。
これを繰り返すかぎり、アキレスは亀に追いつくことはできません。

雄弁術のなかには、詭弁も含まれています。
詭弁とは、こじつけのことです。
道理に合わないことを強引に正当化しようとする弁論です。

明日は、ギリシアではありませんけれども、詭弁のわかりやすい例がありますので、ご紹介したいと思います。



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