香西咲さんに紹介したい歴史のエピソード ~クレタ文明とミケーネ文明

香西咲さんを勝手に応援するサイトの管理人の「焼酎好き」です。よろしくお願いします。

これまでギリシアの古代文明につきまして、ご紹介をしてきました。
本日は2つの文明のまとめをしてみたいと思います。

クレタ文明

B.C.2000年頃からB.C.1600年頃にかけて栄えました。
中心地は、クレタ島のクノッソス(下図の番)です。

 (以下の地図は、世界史の窓より引用。)
ミケーネ文明とトロヤ文明の地図

クレタは他のギリシアの小王国から、貢ぎ物を受け取っていたようです。
ギリシア神話では、アテネ(上図の番)に対して生け贄を要求していました。
この文明の存在を発見したのは、イギリス人のエヴァンズです。
1900年に発掘しました。
クレタ文明で使われていた文字は、「線文字」と呼ばれています。

 (下図はWEBLIO辞書から引用)
線文字A

 (下図はWikipediaから引用)
線文字A(粘土板)

線文字は、解読がなされていません。
このため、クレタ文明については、不明の点が数多く残されています。
解明が待たれるところです。

ちなみに、古代エジプトの歴史につきましても、以前は、ほとんど何もわかっていませんでした。
1798年からナポレオンが、エジプト遠征をおこないます。
このとき、165人の学者を引き連れていきました。
フランス人はエジプトに対して強いあこがれを持っていたからです。
ナポレオンは戦争のかたわら、各地で発掘作業をおこないます。
このときにみつけたのが「ロゼッタストーン」です。
1799年のことでした。
世紀の大発見です。
高さ1メートルほどの石です。
ここには、国王をたたえる同じ文章が、神聖文字、民衆文字、ギリシア文字、の順で刻まれていました。
当然、ギリシア文字は読むことができます。

ロゼッタストーン
(下図は、井上教室より引用。)
ロゼッタストーン2
24年後の1822年、フランス人のシャンポリオンが、神聖文字の解読に成功しました。

線文字のほうはまだ誰も読むことができません。
クレタ文明はB.C.1600年頃に滅びました。
原因はよくわかっていません。
ギリシアの北方からやってきたアカイア人(ギリシア人の一派)によって滅ぼされた、との説が有力です。
地震と津波によって消滅したとの説もあります。

ミケーネ文明

クレタ文明の滅亡と前後して、アカイア人がミケーネ文明をつくります。
B.C.1600年頃からB.C.1200年頃にかけて栄えました。
中心地は、ミケーネ(下図の番)、ティリンス(下図の番)、ピュロス(下図の番)などです。

 (以下の地図は、世界史の窓より引用。)
ミケーネ文明とトロヤ文明の地図

1870年代に、ドイツ人のシュリーマンが、トロヤ(上図の番)とミケーネ(上図の番)を発掘しました。
ミケーネ文明で使われていた文字は、「線文字」です。

 (下図はWEBLIO辞書から引用)
線文字B

「線文字」は、1953年に、イギリスの建築家であるヴェントリスによって解読されました。
ミケーネ文明は、B.C.1200年頃に滅びます。
「海の民」という謎の集団に襲われたためです。
この集団の正体につきましては、諸説があります。

ミケーネ文明が滅んでからの数百年間は、暗黒時代です。
このときに何があったのかは明確になっていません。
大規模な破壊活動がおこなわれていたようです。

紀元前8世紀頃になって、ポリス社会が姿をあらわしてきます。
ギリシア人は、ギリシア世界を統一する大きな国をつくることはありませんでした。
各地に、王のいない都市国家(ポリス)が成立します。
このことにつきましては明日以降のブログでご紹介をしたいと思います。

香西咲さんの最新のブログ(おとこの娘~( ´▽`)ノ)を拝見させていただきました。
何だかとてもすがすがしい気分になりました。
香西咲さんの文章にはひとを幸せにする力があります。



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