香西咲さんに紹介したい歴史のエピソード ~クノッソスの迷宮伝説

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昨日までのブログで、ギリシアのミケーネ文明(B.C.1600年頃~B.C.1200年頃)に関してご紹介をしました。
この文明はシュリーマンによって明らかとなりました。
それ以前のギリシアはどのような状況だったのでしょうか。
誰にもわかりませんでした。
ふたたびこの謎に挑戦したのがシュリーマンでした。
ギリシア神話のなかにつぎのような物語があります。

むかし、むかし、クレタ島クノッソス(地図上の番)に、ミノスという王が君臨していました。
 (以下の地図は、世界史の窓より引用。)
ミケーネ文明
ミノスが王になる前のことです。
競争者が一人いました。
ミノスは策略をめぐらしました。
もしも自分が民衆の前で奇跡を起こすことができたら、誰もがこちらになびく。
海の神のポセイドンにお願いをすることにしました。
「海から牡牛(おうし)を出してくれませんか」
と。
「必ずあとでその牛を殺して神々に捧げます」
ともつづけました。
神は承諾しました。
後日、衆目々が見守るなか、海から牛が出現しました。
驚嘆した人々は、ミノスが王になることを承認しました。

王位についたミノスは宮殿のなかで嘆息しました。
神との約束を果たさなければなりません。
横の牡牛(おうし)を一瞥しました。
「殺すには惜しい」
これまでにみたことのない立派な体躯です。
逡巡した王は、牛を自分の牧場のなかへ追いやりました。
神には、
「どれがあの牛なのかわからなくなってしまいました」
と、弁明しました。
ポセイドンは憤りました。
このままにしておくことはできない。
はかりごとをめぐらせました。
ミノスを困らすために、妻のバシバエに呪いをかけることにしました。

突然、バシバエは、あのポセイドンの牡牛(おうし)のことが脳裏から離れなくなりました。
牧場へ会いに行きました。
相手にされませんでした。
苦悶したバシバエは、工人(工作を職とする人)のダイダロスを訪ねました。
事情をはなしました。
黙って聞いていた相手が口を開きました。
「わかりました。わたしが何とかいたしましょう」
ダイダロスは木を細工して牝牛(めうし)の模型をつくりました。
見事な仕上がりです。
バシバエは、中へ入ることを促されました。
ダイダロスは、収まったのを確認したのち、外側に本物の牝牛(めうし)の皮を貼りました。
そのあとで、牧場まで運びました。
しばらくして、あの牡牛(おうし)が近くに寄ってきました。
バシバエの恋は成就しました。

しばらくしてバシバエは、牛との間にできた子供を産みました。
幻妖な風体でした。
顔が牛で、からだは人間です。
「ミノタウロス」と名づけられました。
怪物は、人間を食することを欲しました。
このまま放っておくことはできません。
ミノス王は、ダイダロスに依頼しました。
この化け物が二度と出てこれない建物をつくってくれ、と。
ダイダロスと息子は、その要求に応えました。
一度中へ入ると、出口がわからずに二度と外へ出ることができない宮殿を完成させました。
迷宮(ラビリンス)です。
ミノタウロスはそこに閉じこめられました。

シュリーマンはまたしても、この神話のなかに真実が隠されていると確信しました。
クノックスの発掘を思いたちます。
1883年のことでした。
当時クレタ島は、オスマン帝国(トルコ)に支配されていました。
シュリーマンはトルコ人の地主のところへ許可をもらいに行きました。
トロヤやミケーネで宝物を掘り出した人物がいる、との噂が各地に広がっていました。
地主は本人がやってきたことを知ると、法外な料金を提示しました。
驚いたシュリーマンは、発掘品はすべてギリシア政府に納めており、自分が所有しているものはひとつもない、と説明しました。
交渉は難航しました。
クノックスの丘には2500本のオリーブの木が植えてあります。
発掘作業をおこなうためにはこの木をすべて伐採しなければなりません。
最後は、木一本ずつに対する補償金を支払うことで決着がつきました。
シュリーマンは発掘に必要なものを買い揃えて、クレタ島へ送りました。

1889年、自分自身も島に降り立ちます。
現地に着と、オリーブの木が1本もないことに気がつきました。
訊くと、すべてを別の場所へ移したとのことです。
シュリーマンは激怒しました。
「1本ずつの金をとっておきながら他へ移すとは何ごとだ」
発掘作業は中止となりました。

クレタ島は1898年に、オスマン帝国から自治権を獲得しました。
これを知ったイギリス人のアーサー=エヴァンズは、クノッソスの発掘に乗り出します。
博物館の館長をしていた人物です。
資金は裕福な父が援助してくれることとなりました。
シュリーマンのときとは違って、交渉は順調に推移しました。
1900年に発掘作業を開始します。

 (以下の画像は、忘れへんうちに 旅編より引用。間取り図です。)
クノッソス宮殿

1200もの部屋が入り組んだ何層もの複雑な建造物があらわれました。

 (以下の画像は、ビーバーランド・ネットより引用。復元図です。)
クノッソス宮殿想像図

4階建ての建物です。
1階だけでも小部屋が100以上あります。
中には、曲がりくねった廊下と、数多くの階段がありました。
ギリシア神話に書かれていた迷宮は実在したのです。

 (以下の画像は、女の一人旅より引用。)
EPSON MFP image

の頭のレリーフや、跳びのサーカスの壁画なども発掘されました。

こうして、エヴァンズによって、ギリシアで最古の文明が発見されました。
下図の()文明のところです。
「クレタ文明」と名づけられました。

ミケーネ文明の頃

明日のブログでは、牛人のミノタウロスのその後についてご紹介をしたいと思います。

話は変わりますけれども、今日は仕事に忙殺されました。
食事はおろか、休憩をとる時間もほとんどありませんでした。
困憊(こんぱい)していたとき、わずかな時間ですけれども、香西咲さんのこちらの写真を拝見しました。

香西咲最高の笑顔画像

追いつめられていた情が霧散しました。
ありがとうございました。
個人的には香西咲さんの素敵な顔の写真集を出してほしいです。



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