香西咲さんの前向きな生き方と、光がさし込んでくる場所-

香西咲さんを勝手に応援するサイトの管理人の「焼酎好き」です。よろしくお願いします。

香西咲さんのツイートを拝見して、いつも感じることがあります。
常に前を向いて生きておられるかたである、と。

自戒を込めて、ぼく自身のことを振り返ってみたいと思います。
これまでに何度となく、挫折感を味わってきました。
学生のときは多かったです。
そういったときは、周囲からの激励やアドバイスが疎ましく感じます。
一人にしておいてくれることを願いました。
何もする気にはなれず、時が経過していくのを傍観していたものです。

以前にテレビで、被災者のかたのおはなしを聞いたことがあります。
年配の男性の経験談でした。
そのかたは、閉ざされた生活をしているうちにいつの間にか子供の頃の遊びをしていた、とおっしゃっていました。
幼少の頃に楽しんだ絵本を読みたくなったり、当時夢中となった遊びがしたくなったそうです。
ぼくにも似たような体験があります。
子供の頃は毎日が楽しかったです。
あの日に戻りたい。
そうようなときぼくは、本棚の奥から当時のマンガを引っ張り出してきたり、なつかしい写真をみたり、ゲームをしたものです。
心理学的にこのような行為を「退行」といいます。
自分の身を守る防衛機制のうちのひとつです。

香西咲さんのTwitter(2014年8月12日)より引用。
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色んな業種の方々やファンの方々・・・
色んな目線でアドバイスをしてくださる。

アドバイスも本当に十人十色。

こんなに色んな見方があるんだ~って。
発見だらけでとても面白い。

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香西咲さんは、知的好奇心が旺盛です。
「退行」とは縁がないようです。
日々、ひたむきに生きておられます。

ぼくはスポーツが好きです。
現在はテニスに傾倒しています。
負けず嫌いのほうですから、勝ち負けにこだわります。
当然、ぼくよりも上手なかたはたくさん存在します。
相手との力の差を感じますと、徐々に視線がさがっていきます。
やがて目に映るのは、地面や床ばかりとなってしまいます。
このような行為に対して、友人や知人が共通して口にすることばがあります。
「下をみるな」
「顔をあげろ」
学生のとき、友人が出場するサッカーの試合を観戦をしたことがあります。
ゴールを決められた側が口々に、同じことばを叫んでいました。
下をみるな、顔をあげろ、と。
このせりふはどの競技でも同じなのかもしれません。

プラトンの著書の「ソフィステス」のなかに、次のような記述があります。
ちなみに、ソフィステスとは、知恵のある者、という意味です。

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村はずれのなだらかな岡をゆくと、やがてそのむこうに森が見えてきた。
背の高い針葉樹のそびえ立つ森で、下草はそれほど茂らず、歩くのに困難はない。
やがて森の奥で、カーン、カーンという、かわいたかん高い音が聞こえてきた。
音のするほうに行くと、そこにいたのは一人の老いた木こりだった。
老人は斧を振り上げ、木を切り始めている。
やがて、メリメリメリと音をたてて木が倒れると、そこから一条の太陽の光りが射し込んでくる。
一本、また一本と木が切り倒されると、そのたびに光の条は太く確かなものとなり、やがて森の一角にぽっかりと光のあふれる場所ができる。
やがて、この老人はこう語った。
「どうだ、すばらしいだろう。光というのは。
君たちは『ある』というのがどういうことかわかっているか?
この世界のありとあらゆるものがこうしてあるのは、『ある』ということを受け入れる場所があるからだ。
『ある』というのは真っ暗な虚無の世界の中にさし込む光のようなものだ。
この光があって、世界中ありとあらゆるものがそこに現れる。
ただ、注意しなくてはならない。
この光がさし込んで来るには、光がさし込んでくる場所が開かれてなければならない。
森の木を切り払えば、そこに光がさすように、我々人間というのは、そうした光のさし込んでくる、開かれた場所なのだ。

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文章も、たとえも、平易です。
読みやすいです。
ただ、この部分は若干わかりづらいかもしれません。

この世界のありとあらゆるものがこうしてあるのは、『ある』ということを受け入れる場所があるからだ。

プラトンは、『ある』とは、「光」のことであるといっています。
それを当てはめてみると、次のようになります。

この世界のありとあらゆるものがこうしてあるのは、「光」を受け入れる場所があるからだ。

たしかにその通りです。
「この光があって、世界中ありとあらゆるものがそこに現れる」のでしょう。
これを前提としてプラトンは、大変重要なことをのべています。

この光がさし込んで来るには、光がさし込んでくる場所が開かれてなければならない。

香西咲さんのTwitter(2014年10月19日)より引用。

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みんなが色々な事を教えてくれる。
100人いれば100通りの見方を教えてくれる。
本当に至らない所ばかりだけど、
これからも頑張って、みんなからいっぱい吸収するね
教えてくれる人がいるって幸せです。
誰も言及してくれなくなったら終わり。
幸せな事です。

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心を閉ざしているときは、相手からの激励やアドバイスは自分のなかに入ってきません。
ぼくの場合はそうでした。
いまにして思えば、申し訳なかったと思います。

(再掲)

これからも頑張って、みんなからいっぱい吸収するね

香西咲さんの場合は、「光がさし込んでくる場所が開かれて」います。
プラトンがいうように、「この光があって、世界中ありとあらゆるものがそこに現れる」のだと思います。



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