生成するもの、休みなき発展、変化するもの、新しく獲得して行くもの

香西咲さんを勝手に応援するサイトの管理人の「焼酎好き」です。よろしくお願いします。

昨日のブログでぼくは、錯覚についてふれました。
これを取り除かなければ、人間は真理をみいだすことができません。
他にも判断を惑わすものはたくさんあります。
嫉妬もそのひとつかもしれません。
これがあると冷静さを失ってしまいます。
ただ、この感情を御することは、ひとによっては難しいのかもしれません。

私がこれほどにもただあのひとだけを、これほどにも熱く、これほどにも胸いっぱいに愛して、あのひとのほかには何も知らず、何も解せず、何も持ってはいないのに、どうして他の男があのひとを愛することができるのだろう? 愛することがゆるされるのだろう?

これは、ゲーテ(1749年~1832年)の「若きウェルテルの悩み」のなかにでてくることばです。
男性の感情の発露を表現しています。
自分は一途に、あのひとを愛している。
それなのに他の男がなぜ、あのひとを愛することができるのだろうか。
なぜあのひとを愛することがゆるされるのだろうか。
激しい情念です。
嫉妬の本質を言い表しています。

次は、フランスの作家のデュマ=フィス(1824年~1895年)が「椿姫」のなかで用いたせりふです。

真剣に恋をしたら、自分が身も心もささげつくそうという相手の女をきっと、世の中から孤立させてしまいたいという気持ちになるでしょう。
たとえどんなに彼女が周囲のものに無関心でも、愛する女に人が触れ、ものがさわれば、その香りと純一さが失われるような気がするものです。

自分が恋している女性を世の中から孤立させてしまいたい。
嫉妬とはそのようなものなのかもしれません。
ただ、これが行き過ぎますと、困ったことになります。
支配欲が強い男性ですと、女性を自分の意のままに動かしたいと考えます。
好意を寄せている女性が自分の意思の範囲内で行動することを強く望みます。
想定外のことをしますと、激昂(げっこう)します。
やれやれといった感じです。
ちなみに、ぼくは、このようなことにはなりません。
以前にも書きましたけれども、恬淡(てんたん)な性格です。
ものごとに対する執着心が希薄です。
こういったときは、しかたがない、とあきらめます。
それで終了です。
男は諦念が肝心です。

ドイツの哲学者のジンメル(1858年~1918年)は、「愛の断想」のなかで次のようにのべています。

ある人々から見れば、愛は存在するもの、動かぬもの、絶対のものであるが、他の人々から見れば、絶えず生成するもの、休みなき発展、変化するもの、新しく獲得して行くものである。
日々、愛を獲得して行かなければならぬ人だけが、「自由や生命」を得るのみならず、愛をも得る。

愛ということばを「相手の女性」と置き換えてみるとよいかもしれません。
自分が好意を抱いている女性は日々、成長し、発展し、変化していくものです。
男性はこれに気づくことが大切なのかもしれません。

人生は自分の思い通りにいかないときもあります。
いずれ別れるときがやってくるかもしれません。
谷崎潤一郎(1886年~1965年)が「蓼喰う虫」のなかで書いていることばを紹介します。

だれしも離別は悲しいものにきまっている。
それは相手が何者であろうとも、離別ということ自身のうちに哀しみがあるのである。

哲学的です。
哀しみは普通、別れた相手に対して向けられます。
そうではなく、
「離別ということ自身のうちに哀しみがあるのである」
考えさせられることばです。

つぎのことばは、弱い男心を的確に表現しています。
太宰治(1909年~1948年)著「斜陽」より。

もう一度お逢いして、その時、いやならハッキリ言って下さい。
私のこの胸の炎は、あなたが点火したのですから、あなたが消しに行ってください。
私ひとりの力では、とても消す事が出来ないのです。

これは正直です。
女性にとっては面倒かもしれませんが、潔い部類に入ると思います。
この男性がストーカーになることはないでしょう。
ぼくでしたら、このようなせりふは口にしません。
何もいわず、黙って去る。
それだけです。

次のような強い信念をおもちのかたもおられます。
シェイクスピア(1564年~1616年)著「ソネット集」より。

事情が変わればおのれも変わるような愛、相手が心を移せばおのれも心を移そうとする愛、そんな愛は愛ではない。
とんでもない。
愛は嵐を見つめながら、揺るぎもせず、いつまでもしっかりと立ち続ける燈台なのだ。すべてのさまよう小舟をみちびく星なのだ。その高さは測れようとも、その力を知ることはできない。

すばらしいです。
強いです。
頑なです。
ただ、この男性はいずれふられると思いますが。

以上、本日は、男の嫉妬を中心にして書いてみました。
このようにえらそうなことをのべたぼくですけれども、この写真をみると嫉妬してしまいます。
隣のかたがうらやましいです。

香西咲ハロウィン1
香西咲ハロウィン2
大きな写真は、香西咲さんのブログでご覧になることができます。)

それにしても幸せそうな表情です。
これほどまでに愉しまれて。
隣のかたに対する感謝の気持ちでいっぱいです。

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