日別アーカイブ: 2014年9月29日

香西咲さんに紹介したい歴史のエピソード~オーストリアのマリア=テレジア

香西咲さんを勝手に応援するサイトの管理人の「焼酎好き」です。よろしくお願いします。

少し前に、香西咲さんのツイッターを拝見しました。
体調が恢復に向かっていることを知りました。
ぼくはパソコンの画面を凝視していたようです。
安堵のため息を繰り返している自分に気がつき、我に返りました。
もう一度深く息をしました。
呪縛から解き放たれたような気分になりました。
ぼくには深淵から沸き上がってくる情を抑えることができませんでした。
香西咲さんには幸せになってほしいです。
心から願っています。

以下の文章は、ツイッターを拝見する前に書いたものです。

前回はイギリスの繁栄の象徴であるヴィクトリア女王につきまして紹介しました。
マリア=テレジア②本日は、オーストリアのマリア=テレジア(1717年~1780年)について書いてみたいと思います。
ご存じかもしれませんが、マリア=テレジアは、フランス革命で処刑されたマリー=アントワネットの母親でもあります。
マリア=テレジアはハプスブルク家に生まれました。
オーストリアの歴代の王は、この家の出身です。
ちなみにハプスブルク家は現在も名門で、欧州議会の議員に選出されるなどしています。
1740年、マリア=テレジアはオーストリアの王に即位します。
前王で父親のカール6世には、男の子がいませんでした。
そこでかねてより、いずれは娘のマリア=テレジアに位を譲るつもりでいました。
こうしてハプスブルク家にとっては、はじめての女性の王が誕生することとなります。
ここまでは支障なく物事が進みました。
実はオーストリアの王は、同時に、神聖ローマ帝国の皇帝を兼務することになっています。
神聖ローマ帝国につきましては、以前から国家としての体をなしておりませんでした。
国の中には360のドイツ人の小国(領邦国家)が存在しており、それぞれが独立国のように振る舞っています。
このなかで、領土も広く一番力のあったのがオーストリアです。
次がプロイセンでした。
このため、神聖ローマ帝国の皇帝といいましても、単なる名誉職のようなものです。

フリードリヒ2世
こうしたなか、マリア=テレジアが即位します。
これに対して、難癖をつけたのが、プロイセン王のフリードリヒ2世でした。
実は、カール6世による事前の打診のさいには、承諾しています。
ところが即位後すぐに、意義を唱えたのです。
女性が神聖ローマ帝国の皇帝になるのは認められない、と。
背景には、これを口実にオーストリアと戦争をして、領土を拡大したいとの意図がありました。
こうしてオーストリアとプロイセンとの間ではじまったのがオーストリア継承戦争(1740年~1748年)です。
23歳で王になったばかりのマリア=テレジアはオーストリア軍を率いて戦いました。
4年後、和約が結ばれて、戦争は終わります。
マリア=テレジアの即位は認められました。
ところが見返りにプロイセンに対して豊かな工業地域を割譲することとなります。
以降、プロイセンの国力は一気に増大します。

マリア=テレジア①
8年後、マリア=テレジアは、失った土地を奪い返すために、復讐戦をおこないます。
これが七年戦争(1756年~1763年)です。
マリア=テレジアは勇猛です。
ただ、単独ではプロイセンに勝つことができません。
そこで、マリア=テレジアは、ロシアとフランスを味方につけたのです。
このことを知ったフリードリヒ2世は驚愕します。
ロシアはともかく、オーストリアとフランスが手を結ぶとは。
オーストリアのハプスブルク家とフランスのブルボン家は犬猿の仲です。
あり得ないことが起きたのです。
ちなみにこの出来事を「外交革命」といいます。
戦いが始まります。
しだいにプロイセン軍は追いつめられていきます。
フリードリヒ2世は、敗北を覚悟します。
「陛下、もうだめです」
という部下に対して、フリードリヒ2世は、首からさげている胸飾りを開いてみせます。
中には毒薬が入っていました。
ここで奇跡が起きます。
オーストリアを支援していたロシアの皇帝が突然亡くなったのです。
新しい皇帝となったピョートル3世は、フリードリヒ2世の信奉者でした。
そこですぐにロシア軍を撤退させます。
その後プロイセンは勢いを取り戻して、勝利します。
結局マリア=テレジアが得たものはありませんでした。
2度の戦争を通じてプロイセンは、神聖ローマ帝国の領邦国家の中ではオーストリアに次ぐ2番目の地位を確立しました。

マリア=テレジアはプロイセンに負けはしましたけれども、その後もオーストリアを堅実に治めます。
子供も16人産みます。
すべて自分の手で育てています。
仕事と家庭を両立させた偉大な人物といえるのかもしれません。

この前のヴィクトリア女王のときと同じパターンで恐縮ですけれども、ぼくが以前に、マリア=テレジアの若いころの姿を知ったとき、これは美しい、と思いました。
マリア=テレジアと香西咲の比較

もちろん、それは、香西咲さんの存在を知る前の話ではありますが。
微笑む香西咲の画像



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