プラトンの恋愛論~なぜひとは異性を愛するのか

香西咲さんを勝手に応援するサイトの管理人の「焼酎好き」です。よろしくお願いします。

プラトンとアリストテレスの論争(ラファエロのアテネの学堂)
横の絵は、ラファエロが描いた「アテネの学堂」の中央部分を切り出したものです。
左がプラトンで、右がアリストテレスです。
二人は、この世に完璧なものは存在するのか、について論争をしています。
左のプラトンは、自分の指を天のほうへ向けています。
その指は、
この世には完璧なものなど存在しない
完璧なものは現実の世界の彼方(かなた)にある
ということを象徴しています。
一方、右のアリストテレスの右手は、大地をおさえています。
完璧なものはこの世に存在する、といいたいわけです。
当ブログでもこれまでに、二人の説につきまして若干の言及をしております。
(参考)
・プラトンについては、モナ=リザとイデア論を超えた香西咲さんの美しさ
・アリストテレスについては、フラッシュ香西咲さんの「夏」の微調整と、アリストテレスのアレテー

本日はプラトンのイデア論についてご紹介します。
イデアの概念は難解なので、ごく簡単に説明したいと思います。
プラトンにいわせれば、完璧なものはこの世に存在しません。
ただし、自分の頭の中では、この完璧なものを思い描くことができます。
自分の頭の中にだけに存在している完璧なものをイデアといいます。
たとえば世の中に、完璧な人間は存在しません。
ただ、自分の頭の中では、完璧な人間を思い描くことができます。

このことからプラトンは何をいいたいのでしょうか。
あるとき、ある人物が、自分は完璧でない(不完全)、ということを認識したとします。
このひとは、完璧なものへ近づくための努力をします。
理想の追求です。
これの行為を、エロースといいます。
繰り返しますが、人間は完璧なものを手に入れることはできません
完璧なものに向かって努力をしていく、これが大切である、とプラトンはいうわけです。

ここでもう一度、不完全完璧の関係を書いてみます。

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 自分は不完全であると知る
   ↓
 完璧なものに近づこうとする
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次に、恋愛について考えてみます。
ひとはなぜ、異性を求めるのでしょうか。
プラトンは次のような架空の話を考えました。
(※プラトンの「饗宴」を参照。)

昔、人間は、男と女が背中合わせになっていました。
つまり、男と女が合わさって、一人の人間を形成していたのです。
あるとき人間は、神をしのぐようになってきます。
そこで神は、人間の弱体化をはかるために、その体を2つに切り裂きます。
こうして人間は、男と女に別れたのです。

あるとき、ひとは、自分の背中に異性がいないことに気がつきます。
不完全であることを認識します。
自分が不完全であることを知ったそのひとは、完璧なものを追い求めます。
それは男と女が一対になっている状態です。
もちろん完璧な状態を手に入れることはできません。
それに近づく努力をします。
そこでひとは、異性を求めるのです。

関連で、なぜ人間は子孫を残すのかについても書いてみます。
人間の命は永遠ではありません。
いつか絶えます。
つまり、不完全です。
このことに気がついたとき、ひとは、永遠の生命(完璧なもの)を手に入れたいと思います。
永遠の命はこの世に存在しません。
そこでひとは、それに近いものを手に入れようとします。
それは、自分の子供です。
子供に、己の存在を伝えていこうとするわけです。
こうしてひとは異性に恋をして、結婚し、子供をつくるのです。

イデア論もこうして恋愛に置き換えて考えてみますと、とてもロマンチックな話になります。

最後に、プラトンと論争をしたアリストテレスも、愛についてのことばを残しています。
ちなみにぼくは、数ある愛の名言のなかでこれが一番好きです。
ただ、これは、男性の立場からのべたものかもしれません。
女性の香西咲さんにとっては、どのように感じるでしょうか。
とりあえず、紹介します。
「ニコマコス倫理学」より。

「愛というものは、愛されることよりも、むしろ愛することに存すると考えられる」



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