香西咲さんのツイートから正義について考えてみました

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香西咲さんのTwitter(2014年9月15日)より引用。

世の中
正義<大人の事情 って事に今更気づく。

面接の極意として、よくいわれていることばに、
「寸鉄(すんてつ)人を刺す」
というのがあります。
これは、ごく短いことばで人の心を射抜く、という意味です。
香西咲さんのこのツイートは、まさしくこれに該当します。

ツイートの中身ですけれども、昨日のブログと同様に、具体的なことはまったくわかりません。
一般論で書かれたのかもしれません。
ただ、思うところがありましたので、本日は、正義について書いてみたいと思います。

まずは、「正義」を広辞苑で調べてみました。
思った通り、荀子(じゅんし)やアリストテレスなどの考える正義がごく簡単に紹介されていました。
荀子の説については、
「正しいすじみち。人がふみ行うべき正しい道」
アリストテレスのものについては、
「能力に応じた公平な分配を正義とした」
とだけ書かれています。

広辞苑の説明だけでは、いまひとつです。
そこで、以下に補足してみたいと思います。

最初に、アリストテレスの「正義」です。
広辞苑では、
「能力に応じた公平な分配を正義とした」
となっています。
これは「配分的正義」のことを指します。
国家が各人の功績に応じて名誉や報酬を配分する正義、のことです。分配上の正義、ともいいます。簡単にいいますと、働きに応じた収入、といったところでしょうか。
広辞苑にはこれだけしか書いていませんが、実はもうひとつ正義があります。
それは「調整的正義」です。
具体的には、被害と賠償、罪と罰のつりあいを正しく調整する正義、のことです。身分に関係なく裁判は公平に、とも説明できます。
つまり、アリストテレスが考える正義とは、平等のことです。日本人がイメージする正義とはちょっと違うかもしれません。

次は荀子です。
荀子は、儒学の祖である孔子の弟子です。
人間の本性は悪である、とする性悪説を唱えたことでも有名です。

荀子と同じ学派の儒家に、孟子という人物がいます。
この孟子の思想のひとつに、人間には元々4つの心が備わっている、という考え方があります。
その4つとは以下の通りです。

  • 惻隠(そくいん)の心・・・たとえば、井戸に落ちそうな幼児を見ると、誰でも思わずその子を助けたいとするやむにやまれぬ心です。
  • 羞悪(しゅうお)の心・・・人に知られなくても自分の不善を恥じる心です。
  • 辞譲(じじょう)の心・・・人をうやまって譲る心です。
  • 是非(ぜひ)の心・・・善悪をわきまえて判断する心です。

このうち、羞悪(しゅうお)の心を大切に育てて、高めたものが、とされます。
正しい義、つまりは、正義です。
そこで広辞苑に書かれているように、正義とは、人がふみ行うべき正しい道、ということです。
日本人が一般的に考える正義とは、孟子の説のほうなのかもしれません。

(再掲)
世の中
正義<大人の事情 って事に今更気づく。

上述したように、ぼくには詳細がわかりません。
繰り返しますが、一般論なのかもしれません。

正義<大人の事情

そういう世の中なのかもしれません。
ただ、孟子にいわせれば、人は皆、多かれ少なかれ羞悪(しゅうお)の心をもっています。
大人の事情というものを形成しているひとたちにも、いまは隠れてみえなくなっているのかもしれませんけれども、どこかにその心(人に知られなくても自分の不善を恥じる心)が残っています。
過日のブログでも書きましたが、人間というのは本来、悪いことができないようになっています。
良心、ここでは羞悪(しゅうお)の心に背く行為をしたらそれはどうなるのか。
自分を否定しているわけですから、自己の肉体に対して何らかの負担を強います。
結果、何が生じるのか。
それは疾患です。
程度によっては、死に至る病に罹るひとも出てくるでしょう。
同情はしますが、しかたがありません。
人間は自己に内在する良心に抗いつづけて生きていくことはできないのですから。

正義ですけれども、ぼくはそのことばの存在をすっかり忘れていました。
香西咲さんのツイートによって思い返すことができました。
感謝いたします。



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