イソップ物語のゼウス神と木の会話

香西咲さんを勝手に応援するサイトの管理人の「焼酎好き」です。よろしくお願いします。

毎日テニスのことばかり考えているぼくですけれども、時間に余裕があるときは本を開きます。
現在は純文学が中心です。
子供の頃はよく、童話を楽しんでいました。
当然、イソップ物語の
「アリとキリギリス」、
「北風と太陽」、
「ウサギとカメ」
なども読みました。

社会人になったとき、次のような寓話の存在を知りました。
ゼウス神と木の会話です。

木が主神のゼウスに向かって、嘆息しました。
わたしたちの生涯はむなしいです。
一生懸命生きて、努力して、大きくなればなるほど、先に切られてしまうのですから。
聞き終えたゼウスは、こう応えました。
不幸の原因はおまえにあるのだ。
もしもおまえたちが斧(おの)の柄(え)に適していなければ、切られることはないのだと。 

読んでおわかりのように、斧の柄の材質には木が一番適しています。
つまり、神は、
「木というすばらしい材料のおかげで、この世に斧が誕生した」
「その斧で、大きくなった木が順に切られていく」
「愚痴を言うな。切られる原因はすべて、自分自身にあるのだ」
と言いたいわけです。

これを書いたのはイソップです。
ぼくは呆れました。
ただ、この種の話を礼賛する企業人や経営者がいることも確かです。
ある御用評論家は、この話を推奨していました。
嗤(わら)うしかありませんでした。

イソップの本名は、アイソーポスと言います。
一時、古代ギリシアのあるポリス(都市国家)で、奴隷の扱いを受けていました。
のちに自由の身となり、多くの作品を発表します。
すばらしいものもありますが、この神と木の会話は所詮、奴隷の文学です。
奴隷の立場で書いた作品です。
奴隷には、「すべての運命を受け入れる」という価値観しか与えられていないのですから。

(引用)
みんなに指摘された通り、
今までの私は自分を大事にしてきませんでした。
辛い事も理不尽な事も全部自分が我慢すれば良いと思ってました。
自分で自分を痛めつけてました。

それじゃいけないって気づいたのは本当に最近です。
これからは自分を労わります。

(再掲)
辛い事も理不尽な事も全部自分が我慢すれば良いと思ってました。

ぼくたちは企業経営者やクライアントの奴隷ではありません。
ぼくは、イソップ物語の神と木の会話を全否定するところから、自分の人生が始まると思います。
神に諭された木のように、結局自分が我慢をする、ということをしてはいけないのではないでしょうか。
それでは、なぜすべてを我慢することはよくないのかなぜ相手の言いなりになることはよくないのか
これにつきましては、明日のブログで紹介したいと思います。

(続く)



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