老子の「道」理論

香西咲さんを勝手に応援するサイトの管理人の「焼酎好き」です。よろしくお願いします。

私たちの人類の祖先は、新人(現世人類)です。
新人が地球上に登場したのは、いまから5万年前です。
そこから私たち人類の歴史がはじまるわけです。この間の歴史を振り返ってみますと、悪が栄えた試しはありません。
もちろん今日まで、悪は常に存在しています。
これからも悪がなくなるということはないでしょう。
その時々に、いろいろな場面で、悪は、自在にかたちを変えて私たちの前にあらわれます。
ただ、歴史が証明しているように、それぞれの悪は、かならず滅びます。けっして長続きはしません。
なぜでしょうか。
ぼくは無宗教で神を信じていませんので、神の導きとか、天罰とか、そういうことばで説明することはできません。

古代中国の思想家に、老子という人物がいます。いまから約2500年ほど前に活躍したしたひとです。
時代は、周の末期です。
この時期は、春秋・戦国時代と呼ばれ、多くの小国が争う分裂の時代でした。
こうした混乱の状況のなかで、どうすれば平和な世の中が実現するのかを考えるひとたちが多数登場します。
諸子百家、と呼ばれるひとたちです。老子もこの中の一人です。

老子の思想の根幹をなすのが、「道」の理論です。
ぼくはいま、この文章を学生時代に学んだことを思い出しながら書いています。
それでは、「道」とは何なのでしょうか。
老子は次のように述べています。

世の中はいま、戦争で乱れている。
ところがこのようななかにあってもきちんと秩序が保たれている世界が存在する。
それはどこか。
自然界である。
自然の世界は、嵐等で乱れることもあるが、いつの間にか元の落ち着きを取り戻している。
なぜなのか。

老子は次のようにつづけます。
自然の世界には、ものごとを秩序づける何かが存在している、と。

老子はその何かを「道」と名づけました。
もちろん「道」は私たちの目には見えません。また、具体的にどの場所にあるのかもわかりません。
老子は力説します。私たちは自然界を見習って生きるべきだ。そして、人間の世界でも、いまは隠れて見えなくなっている「道」を取り戻そう、と。

春秋・戦国時代も永遠ではなく、549年間で終わりを告げました。

自然界ほどではありませんが、ぼくは、普段自分たちが生活しているこの世の中にも、ものごとを秩序づける「道」が存在していると思います。
この世に悪が栄えた試しがない、という事実がそれを証明しているのではないでしょうか。

また、ぼくは、人間というのは、元々悪いことがができないようになっていると考えます。
もしも悪い行為をしたのならば、その本人に自覚がなくても、また本人が悪に陶酔していたとしても、どこか見えないところで当該本人の体を蝕んでいると思います。
悪人の末路は悲惨です。
悪人に対して共感を覚えるひとは、一時の偽りの輝きに憧憬しているのでしょう。
いずれその人物が崩落していくとも知らずに。
ぼくは普段から、政治家や経済人等も含め、世の中の悪人がどのような末路をたどるのかに関心があります。
悪人が最後まで幸福な人生をおくったという例は寡聞にして知りません。
破産したり、大きな事故に遭ったり、自殺したり、精神的疾患や死に至る病に罹ったりと、どれも悲惨なものばかりです。

(引用)
あの時は、トラックが突っ込んできても私は避けないってマネージャーにも話してた。

昨日のブログでぼくは、
「そこまで追い詰めたものたちを一生憎み続けることとなりそうです。」
と書きました。

すみません。
訂正させていただきます。

そこまで追い詰めたものたちがこれから出会う運命に対して、ぼくは深い哀れみを覚えます、と。



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