香西咲さんは、21世紀のテオドラ?

香西咲さんを勝手に応援するサイトの管理人の「焼酎好き」です。よろしくお願いします。

当サイト(香西咲さんを勝手に応援するサイト)のトップページの惹句は、
「香西咲さんは、地上におりたアフロディテ(美と愛の女神)」
となっております。

香西咲さんとアフロディテは、最もふさわしい取り合わせです。
ただ、これを考えるときに次のことばも浮かびました。

「香西咲さんは、21世紀のテオドラ」

これは良い、と思いましたけれども、一般的に、テオドラという人物を知っているかたは少ないような気もします。
そこで、残念ながら没にしました。
ただ、ぼくとしてはこだわりがありますので、テオドラについて紹介したいと思います。

時代は、かつて栄華を誇ったローマ帝国が、西ローマ帝国と東ローマ帝国に分裂した後のことです。
西ローマ帝国はゲルマン人の大移動の影響を受けて約80年後に滅びますが、東ローマ帝国はゲルマン人を退けて、その後、領土を拡大します。
この東ローマ帝国の領土を最大にしたときの皇帝が、ユスティニアヌス帝(在位527年~565年)であり、これを陰から支えたのが、妻(皇妃)のテオドラでした。

テオドラは幼い頃から、踊り子として働いていました。
やがてその美しさが、ユスティニアヌスから見初められることとなります。
当時、ユスティニアヌスは、皇帝である叔父の補佐役として、高い地位にありました。
当時の法律では、身分の高い者と低い者が結婚することは禁じられていました。
ユスティニアヌスはその法律を変えてまでして、テオドラと結婚したのです。

テオドラは、後に皇帝となったユスティニアヌスの良き相談相手として、弱気な夫を励ましつづけました。
特に有名なのが、532年に、首都に住む市民が起こした「ニカの乱」におけるテオドラの毅然とした態度です。
反乱にうろたえて逃亡しようとするユスティニアヌスをテオドラは次のように諫めたそうです。

たとえ命永らえることができたとしても、いまは逃げるべきではありません。
この世に生まれ落ちたものは必ず死を迎えます。
皇帝たる者、逃亡者になることなど、決してあってはならないのです。
陛下、生き延びることのみをお望みでしたら、何も難しいことはありません。
お金は十分ありますし、目の前は海。船も用意されています。
しかし、よくお考えください。
そこまでして生き永らえたところで、果たして死ぬより良かったと思えるものでしょうか。

これによって勇気を取り戻したユスティニアヌスは、反乱の武力鎮圧に成功したのだと伝えられています。
つまり、テオドラのことばが、ユスティニアヌスの運命を変えたのです。

そこで、なぜぼくの脳裏に、「香西咲さんは、21世紀のテオドラ」という惹句が浮かんだのか。
それは、もしも「ニカの乱」のとき、ユスティニアヌスの皇妃が香西咲さんであったのならば、おそらく同じようなことを言ったのではないだろうかと思ったからです。

ぼくには、知的で聡明で正義感のある香西咲さんの姿が、テオドラと重なりました。

ただ、前述した通り、日本におけるテオドラの知名度はいまひとつなので、香西咲さんの惹句には使えませんでした。残念です。



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